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『偽装の結婚』第二部第五章加筆

2014-07-27 22:30

 拍手を下さった方、お気遣いの言葉を下さった方、ありがとうございます。

 体の方は良くなったり悪くなったりというか、比較的マシだったりひどかったりというのが正確で、残念なことに良いってことはまったくないという状態だったんですが、そこにきて風邪で最悪に具合が悪くなり、相当やばいところまで行きましたが、今はなんとか持ち直しました。まだ油断できませんが。

 その合間に小説はちまちま進めてました。

 もしかしたら入院するかもと思いまして、その前に第六章公開できないかと思ったんですけど、まだ無理っぽいです。

 なのでとりあえず、加筆した第二部第五章だけ更新しました。

 それから第一部に言葉の間違いがありましたので、そこも修正しました。

 

 以下、『偽装の結婚』第二部第五章加筆箇所です。

 

「いいぞ。うちだけの井戸じゃないがな」

 相変わらず妙な言い方をする人だ。そう思ってザハトは少し(なご)んだ。

「ああ、剣の神殿と言えばな」

「何でしょうか?」

「新しい聖者が立ったそうだ」

 その言葉はザハトの興味を惹いた。

 聖者。

 それは剣の神殿で最高位に位置する称号である。『剣の聖者』とも呼ばれる。

 では聖者が教団の長かというとそうでもない。

 そもそも聖者が教団の長であったことなど珍しいのだ。教団の長は普通は剣匠か、または組織運営に()けた剣士階級の神官から選ばれる。

 そして教団にも、教団の長である祭祀長にも、聖者の任命権はないし、教団の誰一人聖者に対して命令を下すことは出来ない。

 何故なら剣の聖者と呼ばれる者を任命するのは、剣の魔神ラマシュガ自身であるからだ。

 一体どういう仕組みでそれが定まるのかは謎であるが、そういうことになっている。

 つまり教団にとって剣の聖者とは、魔神自らが選んだ、いわば現人神(あらひとがみ)なのである。

 剣の聖者に対して剣の魔神ラマシュガの信徒たちは、最大の敬意と畏れを持っていると言っていい。

 事実歴代の剣の聖者達は、伝説に彩られているのだ。

 剣匠を達人と言い、伝説的な逸話の主人公とすれば、剣の聖者とは、まさに生きた伝説そのものである。

「剣の聖者が現れましたか……」

 信徒ではないザハトも感慨深いものがある。

 ここでザハトは「現れる」という言葉を選んだ。これはザハトが剣の神殿の信者ではないからであったが、理由はそれだけではなかった。

 対してシュガヌ師匠は「立った」という言葉を使っているが、これには大きな意味がある。

 アウラシールに限らず、ミスタリア海を囲む諸国にあっては、王ないし皇帝は「なる」ものだとは見做されない。

 一応口語として「即位する」という表現はあるが、正式には王とか皇帝とか呼ばれる者はみな、「立つ」と表現される。

 これは神に選ばれて立つという意味であって、そこには人為を超えた働きがあるということを含んでいる。

 この表現は元々古代アウラシールの書記から生まれた言葉であったが、ローゼンディアや、レメンテム帝国などにおいても踏襲され、正規表現として採用されている。

 剣の聖者に対して「立つ」という表現を使うということは、教団では聖者のことを諸国の王と同等もしくはそれ以上だと見做(みな)しているということを意味する。

 単純に考えてそれは不遜(ふそん)であろう。少なくとも諸王達の立場からしてみれば。

 だが、歴代の聖者達が織りなしてきた数々の物語には、それを()じ伏せるだけの力があることもまた事実であった。

 現在では慣習的に、剣の聖者は「立つ」という言葉でもって表現される事が多いが、ザハトは()えて「現れる」という言葉を使った。

 それは史学や古代法などを学ぶ過程で身に着いた知識であり、作法であったが、それよりも大きな理由として、

 ――王とは誰であるか。

 ということが胸の中に有るからだ。それはザハトにとって根源的な問いであった。

 誰が王なのか。人は何によって王となるのか。王たるべき者とはどのような者か。

 いつもそれを考えている。

 その事がザハトに言葉を選ばせ、剣の聖者に対して心の距離を取らせたのである。それに気が付いたとき、ザハトは(かす)かな驚きを感じたが、同時にその驚きには哀しみのようなものが含まれているとも思った。

「……してどこの教室に?」

 剣の神殿では使う武器によって教室が分けられている。

 もちろん武器は全て剣であるが、その種類が多く、非常に変化に富んでいる為だ。

 実際は神殿で教授される剣技を、全て『剣』という(くく)りの中で考えるのには無理がある程だが、とにかく教団では全ての武器を『剣』として一括している。

 

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