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『偽装の結婚』加筆修正、筆記媒体の設定

2015-06-18 23:24

 筆記媒体とは要するに紙とか羊皮紙とか貝葉のことです。

 これについて最近延々調べていまして、やっと目鼻が付いたので設定資料に載せました。

 例によって作品を楽しむには本編だけ読んでいれば足りていますので、あくまでこんな背景がありますよという余談です。興味のある人だけお読み下さい。

 小説にも設定を反映させました。

 実は調べていくうちにどんどん新たなことが発覚して何度も設定を書き直す羽目になりまして、もうこれで完璧だろうと思って小説を直して更新した後でまたしても重大なことが発覚したという経緯があります。

 なので、契約書に使えるのは獣皮紙だけ! としておりましたが、180度方向転換しまして、契約書に獣皮紙駄目絶対! としました。

 

 大きな修正箇所は第一部第四章の下記の部分になります。

 ちなみにここはダーシュ視点での説明になりますので、ダーシュの知識の限界により正確ではないところがあります。正確なところは設定資料をご覧下さい。

 

 書斎というのは言い過ぎだろうと思っていたのだが、案内された部屋は確かに書斎というに相応(ふさわ)しい部屋だった。視界に本の山が飛び込んできたのだ。

 案の定、室内に入るなり独特の臭いが鼻を()いた。子供の頃、書庫でよく嗅いだ臭いだ。

 パラム紙の臭い、獣皮紙の臭い、(テピクス)の臭い……それらが渾然と混じり合った臭いだ。不快ではないが、心地好い類いの臭いではない。

 学者や神官、法官ならばこの香りも馴染み深いものと喜ぶのかも知れないが、ダーシュはそのどれでもないのだ。

 ただ、それだけ書物があっても粘土板は無かった。粘土板が無いのは、ここが単なる書斎だからだ。

 壁際には大きな本棚があり、パラム紙であろう巻物や、革で装幀された大きな本がぎっしりと詰められている。

 巻物の中には木片を(つづ)り合わせた物もある。

 薄い木片を板状に切って紐で繋いだ物だが、なんでもローゼンディアで昔用いられていた形式だという。ダーシュも目にするのは久しぶりだった。

 とにかく本が多い。さすがに粘土板こそないものの、重厚な革表紙の本と、それと巻物がかなりある。

 ――今時巻物とはな。

 パラム紙はアウラシールで古代から使われてきた筆記媒体である。パラム草から作られる。

 アウラシールで本と言えば、大抵(たいてい)はこの巻物形式を意味する。

 現在の形式の、つまり装幀された冊子形式の本が登場してからまだ二千年も経っていないのだ。歴史の古さではパラム紙の巻物の圧勝である。

 逆に筆記媒体としての性能となると、全ての点でパラム紙は(テピクス)に及ばない。

 ローゼンディアから渡来した(テピクス)によってパラム紙は駆逐されたのだ。

 今では余り見かけることはないが、それでもこうして目にすることがあるのは、何らかの事情がある場合と思われた。

 例えば何かの理由により著述者が紙を入手できなかったとか、どうしてもパラム紙を使いたい個人的な理由があるとか、その辺の事情だ。

 どんな理由があるにせよ、今時パラム紙の巻物とは恐れ入る。おそらくはかなり年代物の本ではないだろうか?

 巻物の外装には脆弱なパラム紙の保護のため、獣皮紙が使われる。

 これは山羊や羊、あるいは牛などの皮から作られる。筆記媒体としても使えるが、容易に書き直しが可能なので公文書や契約書には使えない。

 だからこそ紙が流通するまで、アウラシールではパラム紙が隆盛を極めたのだ。

 それにしても本が多い。これでは室内に書庫のような臭いがするのも仕方ないと思える量である。

 本棚に収まりきれなかった分であろうか。大判の本が頑丈そうな台の上に平積みになっており、その高さはダーシュの胸近くにまで達していた。

 これでは家宰(かさい)の部屋と言うより学者の部屋ではないか……そんな風に思いながら別の壁に目を転じると、そこにはナバラ砂漠を中心にした大きな地図が貼られていた。

 地図上にはいくつもの目印が打ってあり、隊商の経路が細かく書き込まれている。

 部屋には大きめの丸卓が一つと、来客用の椅子が三脚あった。

 ヒスメネス自身が使うのであろう机は、ローゼンディア風の頑丈そうな木製であり、窓から少し離れたところに配置されてあった。

 机の上には筆記用具が置かれてあるが書類はなかった。

 商家の家宰(かさい)なのだから、商品の細目やら契約書類などがあっても不思議はないのだが見当たらない。

 用心深い性質(たち)なのだろう。おそらくは机の中に鍵を掛けて入れてあるのではないか。

 そういえば粘土板にも契約用の物があったのを思い出した。

 思い出したが、仮に粘土板の契約書をこの男が持っていたとしても、やはり目に付く所に置いておくとは思えない。

 この用心深そうな男が、重要な物をそこらに放置する事などあるはずもない。

 アウラシールでは粘土板の契約書は最高度の格式を持っている。ただし一般的ではない。

 今ではアウラシールでも契約書は(テピクス)が普通で、粘土板の物は国同士の協定などに使われるのが普通だからだ。

 片付いていると言うよりもむしろ、ほとんど何も置いていないその机は、壁際の本や巻物の山を考えると殺風景に過ぎる感じがした。

 

 ――以上。

 

 以下は第二部第六章の加筆部分になります。

 

 メイファムは顔を上げずに書類に向かっている。

 実直な性格がその仕草に現れていて、凄く真面目に仕事をしているように見えるが、残念ながら商売上の書類を書いているわけではなかった。

 ルキアに来た招待状への返事や、面会希望者への返事を書いているのだ。

 こんなところまで私生活が汚染を拡げているのだと思うと、ルキアは(わら)いたくなる。

 しかも返事の手紙に使うのはラビュラス紙(ラビュラディエ・テピクス)である。香木皮紙とも言われ、故郷のトラケス地方でしか作られることのない最上級の(テピクス)だ。

 本来ならば招待状だの、個人的な返事だのを書くために使うべき紙ではない。ルキアはそう思っているが、これ以外の選択肢はないのである。

 実に下らない理由だが、要するに東方鉄弓家筆頭、ベルディアス流ゼメレス家としての格式を示すためである。

 要するに相手を威圧するためにこんな素晴らしい紙を使っているのだ。しかしこれ以外の紙を使えばおそらく見識が疑われることになるだろう。

 ラビュラス紙は何よりも史書に使われるべきである。それだけの耐久性を持っているからだ。それにラビュラス紙には虫が付かない。これは長期保存のための紙なのである。

 だから重要な史書や学術書、あるいは芸術のための用途が相応(ふさわ)しい。それを気軽に招待状やら返信やらに使う方がどうかしているのだ。

 そんな事のためにこの素晴らしい紙を使用するのは大いに気が引けるところなのだが、これ以外の選択肢はない。それはルキア一人の希望でどうにかなるものでは無いのだ。

 贅沢と冒涜の境界線は曖昧だ。人の世の階段を上がれば上がるほど、その境界は見えにくくなっていく。

 己の足で登る力と、人の手で押し上げる力とがそこには働いている。それゆえに個人の意思で状況を動かすのは難しい。

 

 ――以上。

 

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