伝説の敵

第二章 第五節

 叔父が訪ねてきているという。

 セルジュは驚いた。

 王位継承争い以降、領地に逼塞(ひっそく)している叔父である。

 その叔父が都のバルドール邸にやってきた。実に王位継承争い以来のことではあるまいか。

 どういう風の吹き回しだろうと思った。

 それに叔父は、己に会いたくなかったのではないのか?

 戦支度(いくさじたく)凱旋(がいせん)とで、二度も領地に帰ったにも(かかわ)らず、叔父には久闊(きゅうかつ)(じょ)することもできなかった。

 戦の前は前でその支度に忙しく、戦の後は後で近衛兵として、すぐさま都に戻らねばならなかったというのもあるが、それでも挨拶くらいはできたはずだった。叔父が領主館に来ていれば。

 叔父は怒っているのかも知れない、それで己に顔を見せぬのかも知れない――セルジュはそう思っていた。

 叔父は義理堅く忠義深い人である。時流に(へつら)い、風見鶏(かざみどり)の如くあるのを好まない。

 王位継承争いの後、セドリックに(くみ)していた多くの者たちは、新たな王に取り立ててもらうべく奔走(ほんそう)した。

 ロドルフにより(ゆる)され、召し出された者たちは、多くがこれ幸いとばかりにロドルフの(もと)()せ参じた。蟄居(ちっきょ)させられたセドリックを(かえり)みる者など、ほとんど居なかった。

 誰もが己の身は可愛い。しかも自分一代のみならず、家門の栄達(えいたつ)と、家臣たちの行末もが懸かっている。たとえ内心に(わだかま)りを抱えていても、新王の召し出しとなれば無視するわけにはいかないのが現実である。

 情や義理では権力の天秤(てんびん)(くつがえ)せないのだ。

 それは宮廷に生きる者たちの(のり)であり、この世の(ことわり)でもある。

 貴族たる者、それが分らぬはずはない。しかし世間のそうした有様(ありさま)に、叔父は嫌悪感を隠せないようだった。

 己を棚に上げて言うのもなんであるが、叔父は不器用であると思う。

 王位継承争いが起きるよりも前から、叔父は清廉忠義(せいれんちゅうぎ)の士として知られていたが、その世評には讃辞ばかりが含まれていたわけではない。

 叔父を陰で嘲笑(あざわら)う者たちがいることを、セルジュは知っている。

 実際にはその者たちこそが恥知らずの愚者なのだが、残念ながら時流味方せず、叔父は不遇を(かこ)っている。

 セルジュもまた王の取り立てで近衛兵となった。断るどころか二つ返事で近衛兵となった。

 家中は喜びに満ちたが、叔父だけが複雑な様子であった。

 都に復帰するセルジュに、家人らがギュベール家との縁を()り戻すよう望むに至っては、あからさまに嫌悪感を示した。

 その気持ちはセルジュにも解るような気がした。裏切られたような思いがあったのではないだろうか。

 王位継承争いが起きるまでは、父ジョルジュと同様、叔父は親しくギュベール家と付き合っていたのである。

 レイモン・ギュベールを「素性(すじょう)の知れぬ流れ者よ」と(さげす)む声がまだ多い頃から、叔父はそんな噂にまったく(こだわ)ることなく、ギュベール家と付き合っていた。

 下らぬ流言蜚語(りゅうげんひご)には、一切惑わされることがなかったのだ。

 元々そういう人なのである。

 何が正しいか、何が間違っているかを、常に自分自身で確認する。そして納得するまで動くことはない。

 王位継承争いが勃発(ぼっぱつ)する直前から、そして始まってからも、父と叔父は、ギュベール卿から再三に(わた)る自陣営への参加誘いを受けている。

 聡明な彼には当時から、現在の状況が予測できていたのだろう。ロドルフ殿下が王位に()かれることだけでなく、その結果宮廷の勢力図がどうなるか、バルドールがどうなるかまで判っていたに違いない。

 ただし両家の付き合いに関しては好意的だった叔父も、セルジュとクリステルとの縁組みについてだけは良い顔をしなかった。家中に縁組みは当たり前とする風があるのを、好ましく思っていないようだった。

 理由は解らない。家格の釣り合いなどという、在り来たりなものではないだろうとは思うが、叔父は一言もその事について話さないし、誰も聞かないのでいまだに解らない。聞かないというより聞けないといった方が正しいか。

 ともかく謎なのである。

 (もっと)も、今となっては己とクリステルとの間に縁組みの話があったことさえ、誰もが忘れてしまっているのだろうが……。

 ともあれそうしたこともあって、セルジュは、叔父が己に対して怒っているのではないかと思っていたのである。

 だが実際のところはそうではないのかも知れぬ。何かしら事情があって、会いに来れなかったのかも知れぬ。それを残念に思って、わざわざ会いに来てくれたのかも知れぬ。

 なんであれ、叔父の訪問が喜ばしくないはずもない。叔父夫妻に子がおらぬ所為もあろうが、まるで息子のように己には良くしてくれる叔父である。都まで出向かせてしまって申し訳ないと、セルジュは思った。

 応接室の扉を開くと、その人、クロード・バルドールは端然とそこに居た。体格の良い、古武士然とした男である。

 その身に(まと)っている衣服を見て、セルジュは相変わらずだと思った。もはや流行遅れであるというのに、恥じるどころか堂堂と着熟(きこな)しているそれは、前王から下賜(かし)されたものだった。まったくもって義理堅く忠義深い人であった。

 そうした性質が顔にも現れるものだとしたら、その(かたく)なさ、生真面目さには、より一層磨きがかかっているに違いなかった。元より(いか)めしい顔であったが、年相応の(しわ)が刻まれ始めた所為(せい)か、さらに厳めしくなっていた。

 しかし応接室に入ってきたセルジュを認めると、虎が猫に豹変(ひょうへん)したかの如く、(まろ)やかな顔付きとなった。

「ようこそいらっしゃいました、叔父上」

「うむ。息災にしておったか、セルジュ」

 ふたりは久方振りの抱擁を交わした。

随分(ずいぶん)(たくま)しくなったな」

 クロードはセルジュから離れ、その肩を叩いて言った。

「叔父上にはまだまだ及びません」

 叔父は確か、四十を越えたばかりであったと思う。老いとはまだ無縁と過信して、足許(あしもと)(すく)われるような(とし)ではあるが、叔父はその限りではないと思った。

 その体に衰えたところは無く、力が(みなぎ)っている。

 仮に(たたか)ったとしても勝てる気がしなかった。

 無論、若さなら己の方が(まさ)っている。

 しかし修練の積み重ねによる力の差が、歴然としてあると感じた。

 以前には存在感とか、肉体の厚みとして感じていたものだが、今のセルジュにはそれがなんであるかが判る。

 それは戦士としての力量の差、経験の差であろう。

 (いくさ)を体験した今では、はっきりとそう感じられる。

 熟熟(つくづく)と、叔父の戦振りが見られなかったのが残念だった。

 当然のことだが、叔父は今回の戦に参加していない。セドリックに義理立てている叔父が、王の召集に応じるはずもなかった。

 そのことがまた叔父の立場を悪くするだろう。

 王の心証も良くないであろうし、恥知らずの者どもは、まさに恥知らずであるがゆえに、叔父のことを(あざけ)るであろう。

此度(こたび)の戦での働き振り、耳にしておるぞ」

 長椅子に腰を下ろしたクロードは、実に喜ばしげに言った。

 叔父の向かいに腰を下ろしたセルジュは、恥じ入るようにその言葉を受けた。

 初陣(ういじん)ながら、セルジュは陽動の任を見事(みごと)に果たし、それどころかリンドベリで名のある貴族を討ち取ってもいた。

 王位継承争い以降初めての、バルドール家の大きな功績であった。

「堂堂と誇るがよい。初陣でこれ程の戦功を挙げるなど、そうそうあることではない。(わし)はお前の叔父であることを喜ばしく思う」

「有り難く存じます。――しかし、初陣の身の私の力など、さしたるものではございません。右も左も判らず、戸惑うことばかりでございました。この(たび)の戦功は、弱輩の私を支えてくれた家臣らによるものです」

 そうしたセルジュの謙虚な態度に、これまたクロードは喜びを隠せぬようであった。微笑を浮かべながら、何度も小さく(うなず)いた。

「確かに家臣らの力もあろうが、力は闇雲に出てくるものではない。それを使う心あってのものだ。彼らの心を動かし、そしてその力を引き出したのはお前だ。信の置けぬ将には誰も()いてこぬ。見た目はどうあれ、心がな」

 セルジュは含羞(はにか)んだ。

 が、少し表情を(かげ)らせて、

「しかし、戦功を挙げたと申しましても、微妙な状態です。私は王家の禁足地に踏み入ってしまいましたので……」

 セルジュらは敵部隊をぎりぎりまで()き寄せた。それがため、王家の禁足地であるジャン・ザ・ビオンに、()むを得ず逃げ込まざるを得なかったのだが、そのことが宮廷で取沙汰(とりざた)されているのである。

 仕方の無いことであったとされる一方で、どんな事情があれ禁足地に入るのは不届きである、禁足地に入らずとも他に方法があったのではないか、という声が揚がっていた。

 無論その中には、(ねた)みや(そね)みもあったし、先の王位継承争いの件が尾を引いてもいた。

「……ふむ」

 クロードは硬い表情で押し黙った。

 そこへ召使いがお茶を持ってきた。

「遅くなりまして、もうしわけございません」

「どうした? 何かあったのか?」

 少し(いぶか)しんで、セルジュは召使いに聞いた。

 召使いは(かしこ)まって、

「いえ、こちらの不備です。もうしわけございません」

 客人の前では話せぬことなのだろう。

 セルジュはそう察して、何も言わずに召使いを下がらせた。

「申し訳ございません、叔父上」

「いや、そう気を(つか)わんでよい。身内ではないか。儂はなんの前触れもなく参ったからな。準備に時間がかかったのであろう」

 召使いを思いやるように言うと、クロードは早速茶を飲んだ。

 セルジュも飲んだ。飲んで(いささ)か驚かされた。随分(ずいぶん)(うま)い茶である。こんな茶は久し振りに飲んだ。客人用の茶葉に違いないが、思えばこの家に客人が訪れるのは、ここ数年では滅多(めった)にないことであった。

 となれば、もしかしたら客人用の茶葉を切らしていたのかも知れぬ。買いに行ったにしては早過ぎるから、隣近所で物物交換してきたのかも知れぬ。

 いずれにせよ情けない話であった。零落にある家には似合いの話ではあったが。

「お(いか)りなのではないかと思っておりました」

 二口三口茶を堪能(たんのう)すると、セルジュは(つぶや)くように言った。

「ん? なんの話だ?」

「私が陛下のお召しで近衛兵となったことです」

「……」

 クロードの表情が硬くなった。

「領地に帰った際、叔父上は(やかた)にお見えになりませんでしたから、てっきり私の顔もご覧になりたくない(ほど)お怒りなのではないかと思っておりました」

「……いや、怒っているということはない。それは断じてない。お前が近衛兵として召されたことは、(よろこ)ばしいことだと思っていた。こう言ってはなんだが……今だから言えるが……バルドール家にはもう零落しかないと思っていたのだ。少なくともロドルフ王の御世(みよ)にあっては、苦汁(くじゅう)()め続けるしかないのではないかと。だから降って湧いたような驚きがあった。王を過小評価しておったのかも知れぬな。王は、王位継承争いに()ける派閥に(かかわ)らず、分け(へだ)て無く有能な者を重用(ちょうよう)された。その王の慧眼(けいがん)に留まったのだ。実に光栄なことだ。王には感謝しておる。ただ……」

 クロードは硬い表情のまま沈黙した。

 何かを考えているようであったが、やがて、

「やはり、複雑な気持ちだった。セドリック殿下のことを考えると、手放しでは(よろこ)べなんだ。お前に顔を見せなかったのは、そのように、気持ちに整理が付かなかったためだ」

「……」

 叔父が怒るどころか喜んでいたということに、セルジュは安堵したが、板挟み状態にある叔父の気持ちも解らないではなかった。

「……では、こうして私に会いにいらっしゃったということは、お気持ちに整理がお付きになったということなのでしょうか?」

 セルジュは(いぶか)しみながら聞いた。

 この叔父が、今更(いまさら)宗旨(しゅうし)替えをするとは思えぬ。家のこととセドリックのことを割り切れるとは思えぬ。

 いったいどういう理由があって、己に会い来たのか……。

 クロードはセルジュをじっと見つめた。

 そして、どこか寂しげな微笑を(たた)えて言った。

「お前の顔が見たくなった――というのでは駄目か?」

 セルジュは驚き、戸惑った。

「……あ、いえ、申し訳ございません。嬉しく存じます。私もお会いしたくございました」

 セルジュは茶を一口飲み、話題を変えた。

「領地の様子はどうですか?」

「……うむ。相変わらず、デュバリー、フラヴィーニとの小競り合いが続いておる」

 デュバリーとフラヴィーニは、それぞれバルドール領に隣接する地を治めている領主である。

 王位継承争い以降、立場の悪くなったバルドール家は、必然、王や諸侯との(つな)がりも弱くなった。いや、断たれたと言ってもよいかも知れぬ。

 それをよいことに、デュバリー、フラヴィーニ両家は、バルドール領の強奪(ごうだつ)(せい)を出し始めたのである。実質、同盟者がおらず、援軍を頼みにすることのできなくなったバルドールは、これ以上にない絶好の獲物であった。

「カントルーブの御蔭(おかげ)でなんとかなってはおるが……もう四年だからな。さすがのあやつでも、そろそろ限界ではあるまいか」

 カントルーブはバルドール家の家宰(かさい)である。今は亡き先代領主ジョルジュ・バルドールの片腕として働いていた男である。

 今でも引き続きセルジュに仕え、主に政治面においてその手腕を発揮している。その怜悧(れいり)さゆえに、ひどく冷徹な感じのする男であるが、主君に対する忠誠心は並並(なみなみ)ならず、バルドール家になくてはならぬ存在であった。

「王に裁定をお願い致してはいかがでしょうか?」

 貴族同士の問題――何も()め事に限らず、結婚や、祭礼などのことまでを含めて、家と家の間で何かあった時は、王に裁定を(あお)ぐのが通例である。貴族にとっては王の最も王たる所以(ゆえん)は、そこにこそあるのだ。

「今の我らの立場でそのようなことがお願いできようか……」

 クロードは寂しげに(つぶや)いた。

 王は裁定者であるから、法の(もと)、正義の下に公正中立な判断を下さなくてはならぬ。下すべき義務を負っている。

 だが必ずしもそうなるわけではない。

 そんなことは貴族であれば誰もが解っていることであった。そしてそれゆえにこそ、デュバリーとフラヴィーニの両家は大胆な行動を起こしているのである。

 彼らはたとえ裁定に持ち込まれたとしても、必ずや自分たちに有利な裁定が下ると信じているのであろう。

「陛下にご裁定を(あお)げば確かにこの問題は決着しよう。だがその結果は、おそらくただに領地を奪われることと変わるまい……」

 そこまで言うと、叔父は手元に目を落とした。

「いや、ただ領地を削られるだけならば、まだ良いとさえ言えるかも知れぬ――」

 叔父の危惧(きぐ)(もっと)もであると言える。

 事実、王国の過去の歴史がそれを証明してきている。

 持ち直した家がなかったとは言えない。再び興隆(こうりゅう)を見ることになった家門とてある。

 だが、消えていった家の方が(はる)かに多いのだ。

「ロドルフ陛下は聡明なお方でございます」

「解っている」

 クロードは茶を一口、口にした。カップを戻すと、再びきちんと両の(こぶし)を卓上に置いた。

 今ではあまり守られることもなくなった、騎士の作法である。

「陛下が(すぐ)れたお方であるということは、田舎に引っ込んでおる儂のところにも聞こえておる。お前を近衛に加えるといった御判断にしたところで素晴らしいと思う。お気持ちと(まつりごと)とは、正しく区別が付いておられるということだろう。英明さをお示しになられた。だが、領地争いの調定となれば、そうはいくまい」

 たかだか一人の人間を近衛に加える程度ならば、個人的な裁量でなんとかなるという意味である。

 しかし王本分の仕事、(おおやけ)の領地争いの裁定ともなれば、したいようにできるとばかりは言えない。

 そこにはより大きな意味での貴族同士の利害や、今後の情勢を見極めようという予測などが(から)んでくるからだ。

 要するに多くの者が王の判断を注視する。これから先の政治姿勢を推測しようとするからである。

 となればその裁定内容は、正義であるかどうかということよりも、今後の王権にとって有効に働くかどうかということに傾くことが多くなる。

 ロドルフは聡明な王である。

 何が得で、何が損かの区別ぐらいは()うに付いているだろう。

 だからセルジュにも叔父の言いたいことは解る。政治においては小事が大事に優先するということは、無い。

 非情だと言われるかも知れない。だが、政治にそもそも情など無い。

 あるべきではない。

 求められるべきは正しいこと、もっとも優先されるべき、合理的な選択がなされることだ。

 だがそれでもセルジュには、王に()けてみたいという気持ちがあった。

 近衛とはいえ親しく口を交わせるわけではない。

 しかし叔父よりは、己は王の近くにいる。

 王の人と()りについては、得ている内容は叔父よりも多い。感じ取っているに過ぎぬにしても、それは事実である。

「……叔父上は、陛下をお信じになることができませぬか」

 思い切って口にした。

 叔父の顔に驚きの色はなかった。

 むしろ当然のようにその言葉を聞いているようだった。

「……セドリック殿下が、どのようなお暮らしをしておられるか存じておるか?」

「いえ……」

 恥ずかしながら気に留めたことすらない。その余裕がなかったというのが理由であるが、ある意味現在のバルドール家の在りようを、決定づけた人物であるのに。

「ブランドシェでお暮らしであるようだ。外出は制限されているものの、お(すこ)やかにお暮らしであると(うかが)っている」

 突然話を変えるように、叔父はそんなことを言い出した。

 ブランドシェは南西部の港町である。通商の拠点でもあり、王国にとっては大事な土地である。

 そのため王の直轄領(ちょっかつりょう)になっているが、町の高台には貴族たちの別邸が多く並んでいる。旅行や休養で訪れる者が多いからである。

「喜ばしいことです」

 セルジュは安堵した。口に出すのも恐ろしいが、どこかの塔にでも幽閉されているのかと思っていたからだ。

 権力争いに敗れた者の末路は悲惨である。巷間(こうかん)、貴族でない者までそう言う。

 それは真実だが、真実の一部しか映し出してはいない。

 敗れた者の末路は想像を絶するほどに悲惨であるのが通例だ。

 セルジュとてこの(とし)になるまでに、いくつかはそんな話を聞かされ、書で読んできてもいる。それらは口に出すのも恐ろしいものばかりだった。

 セドリックはそうはならなかったのだ。胸の中に光明(こうみょう)が差してくるように感じた。

 やはり名君よ、と思った。

「儂もな、安堵したよ」

 クロードはかすかに微笑んだが、

「だがな、それでも兵で囲い、監視を(おこた)らぬことに変わりはない。この先、何か事があれば、セドリック殿下のお命が(おびや)かされることは十分にあり得るのだ」

 一転して真剣な顔で言った。それでセルジュにも解った。

 ああ……この人は全てを解った上で、言っているのだ。

 王を信じないわけではない。その英明さを十分に理解した上で、裁定を仰げばどうなるかを予想しているのだ。

 叔父の予想は正しいかも知れない。

 なぜなら、もしも王が正義を示すことを優先させる心積(こころづも)りならば、バルドールの領地問題は()うに、王自らのご提言によって決着をしていても怪訝(おか)しくはないからである。

 王の耳に入っていないとは思えない。となれば、王は()えて放置しているということになりはすまいか。

 ならばそれが王にとって、王国の(まつりごと)として正しいということになりはすまいか。

「暗い話になってしまったな」

 クロードはすまなさそうに漏らした。

「……さて、そろそろ(いとま)しよう。長居したな」

 やおらクロードは立ち上がった。

 セルジュは驚いた。驚きながら、叔父に合わせて立ち上がった。

「お泊まりになってはゆかれぬのですか?」

「有り難いが、用事があるものでな」

「せめて夕餉(ゆうげ)だけでも……」

「すまぬ」

「……そうですか」

 残念そうなセルジュに、クロードは微笑んだ。

「次はゆっくりしていこう。今日は堅苦しい話ばかりになってしまったが、愉快な話もしたい」

「ええ、次こそぜひ。お待ちしております」

 クロードは二人の従者を引き連れて、バルドール邸を辞した。

 セルジュは何やら妙な胸騒ぎを覚えつつ、馬に乗って遠離(とおざか)っていく叔父を見送った。

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