伝説の敵

第二章 第六節

「仲間に出会えて(うれ)しいよ。ただ、君と私が同じであるかどうかは判らないが」

「どういう意味だ?」

「クリステルからどこまで聞いている?」

 問われて、イーヴはクリステルの方を(うかが)った。とくに動揺の様子を浮かべることもなく、クリステルは軽く(うなず)いた。

「俺は、『大いなる敵』を(たお)すためにジャンザビに入ったんだ」

「その話はクリステルから聞かせてもらった。しかし『大いなる敵』、とは?」

 レイモンは少し眉を寄せた。もっと情報が欲しいという風だった。

 イーヴは順を追って話した。

 エク族のこと、「大いなる敵」のこと、戦いを(いど)んだ偉大なる戦士たちのこと、己の父もまた、そうした戦士の一人であったこと――すべてを話した。

 話を聞き終わるまで、レイモンは一言も口を挟むことはなかった。

「……『大いなる敵』に挑む者は一際(ひときわ)(すぐ)れた戦士だけだ。それは最高の名誉であり、同時に、俺の部族にあっては死に急ぐ者という意味もあった」

 イーヴは(かす)かに苦笑した。

「それも仕方あるまい。誰ひとり戻ってはこないのだからな」

「誰も勝てなかったわけか」

「俺が(たお)す」

 きっぱりと宣言した。何か小賢(こざか)しい助言でも返ってくるかと思っていたのだが、レイモンは何も言わず、黙って頷いただけだった。

 何も意見を言わず、ただイーヴの言葉を受け容れたのだ。その態度には好感が持てた。

「何か言うことはないのか?」

「言ったところで意味はない。あの山に敵がいる。部族の敵が、『大いなる敵』が。それだけで君は充分だろう?」

「あんたの娘は違うようだがな」

 言って、イーヴは今度はクリステルに言われたことを話した。

 ジャンザビが神秘の山であること、世界と世界を(つな)ぐ乗り物のような摩訶不思議(まかふしぎ)な場所であるということ、太陽が二つになるときにそれが起こること、そしてエク族の偉大な戦士たちは、その神秘に呑み込まれて消えてしまったのではないかということ。

 山の近くで戦争があったこと、若い貴族を助けたことなども話したが、もちろん、クリステルが捜し人のために入山したということは伏せておいた。

 この時もレイモンは口を挟むことなく、黙ってイーヴの話を聞いた。

 自分が知っていること、クリステルに聞かされたことをすべて話すと、イーヴは軽く息を吐いた。かなり緊張していたようだ。(のど)にも(かわ)きがある。

 それを察したのだろうか。レイモンが鈴を振ると、待ち構えていたように召使いが飲み物を持って入ってきた。

 有り難い。

 テーブル上に飲み物と、お茶菓子とが手際(てぎわ)良く並べられていく。

 独特な心地好い匂いがした。

「これかい? これはショコラと言ってね。南の国から入ってくるものだ。身体(からだ)に良いというので薬代わりに飲んでいるのだよ」

 イーヴは興味惹かれたが、レイモンのカップからは湯気が立っている。今は暑い物は飲みたくないので、「御用意致しましょうか?」と言う召使いの申し出は断わった。

 替わりの希望を聞かれたので、できるだけ冷たい物が良いと言うと、驚いたことに氷を入れた茶が出てきた。

 願ってもないことではあるが、この季節に氷があるなど信じられない。どんな魔法を使ったのか知らないが貴族というものは(すご)いものだなと思った。

 この邸や庭、部屋や家具や食器などよりも、イーヴにとっては余程(よほど)、驚きと賛嘆に値することであった。

「君が身に付けているその護符だが、何か(いわ)れがあるものかね?」

 レイモンは不意にそんなことを聞いてきた。

 勇者の(あかし)であり、護符たる竜の(うろこ)である。

「これか? あんたの娘にも聞かれたが、これは『竜の鱗』呼ばれている。俺たちエク族にあっては、特に(すぐ)れた戦士だけが身に付けることを許されるものだ」

「なるほど。君は部族の中でも一際(ひときわ)傑れた戦士であるというわけだ」

「でなければ『大いなる敵』に(いど)めない」

「確かに。で、その護符だが、材料は何かな? 本当に竜の鱗なのかな?」

 怪訝(おか)しな事を聞くと思ったが、イーヴは正直に答えることにした。

「馬鹿な。竜など居るわけがないだろう。これはガルナーガという峡谷で採れる石を丹念(たんねん)(みが)いて削った物だ」

 それを聞くとレイモンの目つきが鋭くなった。

「もう一つ聞きたい。君たちエク族は、いつから今の土地にいるのかな?」

「ああ? そうだな……十代くらい前だと聞いているが詳しいことは判らない」

 イーヴは首を振った。どうでもよいことのように思えたが、レイモンは真剣である。

 ということは何かの意味があるということだ。

「それが何か関係あるのか?」

「君とクリステルは戦争を見たと言ったね。おそらくそれでクリステルは下山が可能だと判断したのだろうが……」

 そこでレイモンはクリステルの方を見た。

「イーヴが斃した敵は、リンドベリ兵の恰好(かっこう)をしていなかったのだな?」

「はい」

 クリステルが頷くと、レイモンは(うめ)いて天井(てんじょう)を見上げた。

 どうしたのだろうか。まるで何か苦痛を感じているかのように右手で額を押さえ、目を閉じている。

 レイモンは(しばら)くそうしていた。

「……イーヴ」

 抑えた、暗い声だった。

「君がどこの者か判った、いや、何者なのかさえ判ったかもしれない」

 イーヴを見つめる眼差しには、明らかな苦痛の色が見て取れた。

「まず君はこの世界の人間だ。そしておそらく、未来の人間だろうと思う。十代くらいというと、二百年ほど先になるかな」

「というと……俺は過去に来てしまったわけか?」

 口に出しながらも、妙に現実感がない。

「そうだ」

「なぜそんなことが判る?」

「君の身に付けている護符だよ。それはアメリオと言ってね、君の言うガルナーガ峡谷で採取できる物だ。元々は平原族が交易に使っていたものでね。最近、ヴァルカンティの所有になった」

 レイモンの言っている意味がイーヴには解らなかった。

「それで希少性が出たのだろう。選ばれた戦士以外は身に付けることができなくなったのは、そのためではないかと思われる」

「おい、どういう意味だ?」

「君の村に古い細工物(さいくもの)はなかったかな? その中ではアメリオが、この石が使われている物があったはずだが」

 確かにあった。村の祭りでいくつも見たことがある。

「元々は、君たち平原族にとっては、それほど珍しい物でもなかったからだろうね。だがヴァルカンティとの契約により、君たちはガルナーガ峡谷を失った。結果、希少性が出て、特に(すぐ)れた戦士だけが、身に付けることを許されるという風になったのだと思う」

「確かに俺たちは今の土地に元々住んでいたわけではない。王と契約をしたとは聞いている」

 その契約によって今の土地を得て、そしてそこで自由に暮らすことが認められたのだ。

 当然、何者に対する納税の義務も、奉仕の義務もない。そこはエク族の土地なのだ。

「その王が今のヴァルカンティ王、ロドルフ陛下だ。(もっと)も君にとっては過去の王になるがね」

「待て。俺の境遇があんたのこの世界と似通っているだけで、まったく違う世界の話だという可能性は残るんじゃないか?」

(さっ)しがいいな」

 レイモンは感心したようだった。確かにイーヴの言う可能性は残る。

 ほとんど全ての点で、見知った事実に遭遇したとしても、そこが己の元居た世界であるかどうかは判らない。

 話通りにジャンザビが、世界と世界とを(つな)ぐ懸け橋であるならば、一度入ったが最後、たとえ元居た世界に戻れたとしても、自分でそれを確認する(すべ)はない。

 ジャンザビの向こうは無限の世界と繋がっているだろうからだ。

「もちろんそれは残る。だがごくわずかな、極めて微少な違いによる世界の区別など、さして意味はない。例えば今私が右を向くか、それとも左を向くかでも世界は分岐するとも言えるが、そんなことで区別をしても意味がないと思わないかね?」

「確かにな――」

 だがそれでは、もう二度と元居た世界には戻れないということを認めることになる。

 イーヴの胸の中に寂寥感(せきりょうかん)のようなものが去来(きょらい)した。

 今更どうにかなるものではないが。

「我々の世界は、何重にも似通った世界が重なって存在しているということだよ」

「もう少し解りやすく言ってくれないか?」

「例えば、私が禿()げている世界もあるわけだ」

「あんたは禿げてない」

「だから例えばの話だ」

 クリステルが吹き出すのが聞こえた。

「何が可笑(おか)しい?」

「真面目な話だぞ。クリステル」

「はい。もうしわけございません。引き続き黙っております」

 澄まして言うクリステルに、レイモンは何か言いたげな様子だったが、結局何も言わずにイーヴに向き直った。

「いいかねイーヴ? わずかな違いなどはどうでもいい。問題はもっと大きな違いだよ。そしてその意味に()いて、君は私たちにとって未来の人間だ。今の時代では我々が平原族と呼んでいる人々が、君の先祖になる」

「ほう。一度会ってみたいものだな」

 イーヴは半信半疑である。クリステルと都に来た時点で、己がヴァルカンティの貴族と同道しているということは判ったから、ジャンザビによってこの身が運び去られていたとしても、己のよく知る世界とそれほどの違いはないと判ってもいた。

 だからといって、護符のことだけで出自を決めつけられては、安易に過ぎると思えた。

「君は『竜の鱗』のことだけで私が決めつけていると思っているだろう?」

「違うのか?」

「それは理由の一つに過ぎない。だがその前に」

 なぜかそこでレイモンは言葉を切った。

「『大いなる敵』を斃せたとして、君はその後どうするつもりだ?」

「考えていない」

 イーヴはごく普通に答えたつもりだったが、レイモンは少し呆気(あっけ)にとられたようだった。

「勝てるかどうかも判らないのに、先のことなど考えられるか」

 イーヴとしてはごく当たり前の受け答えなのだが、二人はそうは感じていない様子だった。クリステルまでが驚いたような顔をしている。

「あなたは斃すとおっしゃったではありませんか」

「言ったさ。俺は奴を見つけ出し、殺す。ただ、できるかどうかは判らない。だからその後のことなど考えられない。だいたい、まだ出逢ってもいない相手を斃した後の話など、する方が怪訝(おか)しい」

「相手に対して無礼であると?」

 レイモンが聞いてきた。

「そうだ」

 戦いそのものに対して不実でもある。狩りをする前から、捕った獲物の肉や毛皮を勘定するようなものだ。

「そうか……」

 レイモンは椅子に背を沈めた。なんだか疲れているようにも見えた。

「君は誇り高き戦士だ。私は君を尊敬する」

 そう言ったきり、レイモンは口を(とざ)した。

 他に口を開く者はない。沈黙がその場を流れた。

 部屋が豪奢(ごうしゃ)で大きいだけに、まるで周囲全体が、場の人間が言葉を発するよう、圧力を加えてくるかに感じた。

 最初にその圧力に(こう)しかねたのはクリステルだった。

「……お父様のお考えをお聞かせ下さい。エク族の戦士たちがどうなったのか、『大いなる敵』とはあの山自身であるという、わたくしの考えが正しいのかどうか、聡明なお父様のこと、すでにご自分のお考えを持っておられましょう」

「最初に言っておくが、今から話すことはあくまで私なりに整理した考えに過ぎない。つまり仮説だ」

 イーヴとクリステルは(うなず)いた。

「まず、山の神秘は太陽が二つあるかどうかとは関係ないようだ。少なくともこの世界ではね」

「それはお父様の元いらした世界では、ジャン・ザ・ビオンの神秘が生ずるのは太陽が二つある時だけだった、ということでしょうか?」

「そうだ。その件に関しては王立科学院の詳細な報告書があった。もっとも向こうの世界にはもはや残ってはいないだろうが……」

 レイモンはやや遠くを観るような目をした。己のやって来た世界とやらに(おもい)を馳せているのかも知れない。

「ともかく山の神秘が、次元移動現象が発生する条件はこの世界では違うらしい」

「ジゲンイドウゲンショウ?」

 父の口から出た単語を繰り返すかのようにクリステルが呟いた。その目には記憶を探るような色がある。どこかで耳にしたことがないかどうか思い出そうとしているようだ。

 どうもクリステルにあっても聞き馴れない単語であるらしい。

 もちろんイーヴも初めて耳にする単語であり、その意味するところなど全く解らない。

「君らには解らない言葉だったね。すまない。私の元いた世界はこちらとは色々と違うことが多くてね……」

 不思議そうな顔をしている二人を見て、慌ててレイモンは詫びた。

「今は山の神秘の発生条件はいったん置くとしよう。それよりも『大いなる敵』だ。こちらの方がイーヴにとっては重要だろう」

 イーヴは強く頷いた。

「結論から言えば『大いなる敵』については保留しなくてはならない。それは今後のイーヴの行動によって、決まってくることなのだろうと私は考える」

「どういう意味でしょうか?」

「平原族の間で、今回の戦争に参加した者たちがいたらしい」

 質問には答えずに、レイモンはそんなことを口にした。

 おそらく山で出遇(であ)った落武者狩りだろう。イーヴはそう思ったが、妙に引っ懸かるものを感じた。

「装備狙いで落武者狩りなどをやっていたようだが、その内のある者が、恐ろしい敵に出遇ったらしい。あっという間に仲間を斃され、一人だけ(ようよ)う生き延びたという話だ。平原族の間ではちょっとした話題になっているようだよ」

 クリステルが考えるような顔をした。そしてすぐに何かに思い当たったのか、目を見開いてイーヴを見、そして父親の方を見た。レイモンは黙って頷き返した。

「そんな……」

 クリステルの唇が(ふる)えている。

 二人の態度を見てイーヴは不安になった。

「おい、何か判ったことがあるのなら教えてくれ」

「平原族たちはこう言っている。『恐るべき敵』、『大いなる敵』に出遭(であ)ったと」

 レイモンがイーヴの方を向き、はっきりと言った。

「……何?」

 一瞬、何を言われているのか解らなくなった。

 この男は何を言っているのか。

 恐ろしい考えに突き当たりそうになって、それを回避した。その替わりに思考が(まと)まらなくなって、眩暈(めまい)のような感覚が襲ってきた。

「はっきりと言おう。『大いなる敵』とは、おそらくは変質し、伝説化した君のことだ。そしてエク族の戦士たちは、あの山に呑まれた。何処(いずこ)とも知れぬ世界に飛ばされたか、またはあの山で()ちたか……いずれにしても、あの山に君の求める敵はいないはずだ」

「でたらめを言うなっっ!!」

 イーヴは叫んだ。テーブルの向こうでクリステルが身を(ふる)わせる。視界の端でそれを認めて、イーヴは(かす)かな罪悪感を覚えた。気持ちを落ち着かせようと努めた。

「『大いなる敵』を斃した者がいないということは、誰もその姿を見ていないと言うことだろう?」

 イーヴの先を制するように、レイモンが言葉を投げてきた。

「誰も見たことがない、会ったことがない者が、なぜ存在すると言い切れるのだ?」

「っ!」

 イーヴは叫びかけ、しかし声を呑み込んだ。

 叫んだところでどうにかなるものではない。この男の言っていることは正しいし、己にとって有用な話をしてくれているのだ。

 幼児のように叫んだところで何があろうか。

「ともかく、あの山に君の求める『大いなる敵』は居ないだろうと考えた方がいいだろう。伝承の発端となったのは君の行動、先日セルジュたちを救った君の働きによるものだ。言わば君こそが『大いなる敵』なのだよ」

 握り締めた己の(こぶし)が、白くなっているのに気づいた。全身を緊張させているのだ。身体(からだ)が小刻みに(ふる)えてきそうであった。

「君にとっては残酷だが、そう考えるのが最も(すじ)が通っている。君ならばそれも解るだろう?」

 答えずに、イーヴは立ち上がった。

 ここには居られない。

「ここを離れるつもりならば考え直した方がいい」

 レイモンが素速く言った。考えていたことを言い当てられて、イーヴは再び頭に血が昇るのを感じた。

「……どこへ行こうが俺の勝手だ」

「確かに。だがそれでどうすると言うのかね? ()()ないこの地で、この時代で。平原族の元へと向かうかね。言っておくが、君の言葉では会話に問題があるぞ」

「……」

「君の言葉は我々に近い。それもそのはずだ。君の時代では、平原族はあの土地に居住しているわけだからな。しかも二百年くらい経っている。だからヴァルカンティの影響を受けて言葉が変質したのだよ。語彙(ごい)が豊富になっただけでなく、言い回しなどにも弱冠(じゃっかん)の変化があると見た方がいい」

 そう言われて、イーヴは思い当たることがあった。ジャンザビでクリステルと話した時に、その言葉にはずれと同時に、妙な一致をも感じ取ったのだ。

「今の時代は違うぞ。平原族の言葉は我々とは結構な差がある。通じないわけではないがね。君の言葉は半ば以上我々のものだ。平原族と話す方が、我々と話すよりも苦労するだろう」

 イーヴは絶句した。

「イーヴ、私に……任せてくれないか?」

 気遣うようにレイモンは言った。

「君をこのままにするのは心苦しい。力になりたいのだ」

「……それは、俺があんたと同じ立場だからか?」

「私の場合は(はる)かに有利な立場だった」

「……」

「私の身の上を詳しく話してもいいが、今はそれよりも君の問題だろう。そのことが大事だ」

 イーヴはテーブルに目を落とした。恥ずかしいような、情けないような気持ちになった。

 クリステルは間違いなくこの男の血を引いている。

 人が()いにも(ほど)がある。ほとんど見ず知らずの相手と言える人間に対して、どうしてこうまで好意を示すことができるのか。

 まったくどうしようもない。

「あんた、よくここまで生きてこられたな」

 (あき)れたことを示すつもりが、声にはなぜか柔らかさが加わってしまった。そしてそのことにまた、呆れた。

「どう思われようと構わないが、私は君の力になりたいし、なれると思っているよ」

「甘いな」

「時と場合によるよ」

 イーヴは鼻先で笑った。だが、やはりそこに軽侮(けいぶ)()めることはできなかった。

「取り敢えずは(やしき)(とど)まってくれたまえ。不自由はさせない。なんでも好きにしてくれていい。だから頼むから私たちの前から消えないでくれ」

随分(ずいぶん)好かれたものだな」

「君はあの山について、ジャンザビについてもっと知った方がいい」

 これ以上何を知ろと?

 今聞かされた話は恐ろしいほどに的確だ。

「南にブランドシェという町がある。そこに行けばジャンザビの資料がある。私が話したよりも多くのことを知ることができるだろう」

「お父様それは……」

「王家の禁書目録だよ。(さいわ)い私は自由に閲覧する許可を得ている。調べることになんら問題は無い」

「そこに行けば何か判るのか?」

「今私が話した内容は、いくら妥当性が高くともあくまで仮説だ。資料をあたれば何か新事実が判るかもしれない」

 イーヴは何も言わなかった。ただ黙ってレイモンの顔を見つめた。

「その調査が終わるまで、せめてそれまでの間は、私たちと一緒にいてくれないか?」

 レイモンには懇願するような様子があった。

 クリステルに目を向けた。父親と同じような表情をしていた。

 イーヴは溜息(ためいき)()き、天井(てんじょう)を見上げた。高い天井である。

 そこには、穏やかな表情で天を舞う天使たちが描かれていた。

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