伝説の敵

第二章 第十節

 庭を横切ればセドリックの居室まではすぐである。セルジュは手に剣を提げたまま庭を駆けた。

 (しら)せに来た兵の他は、警護の兵はほとんどが(たお)されたようであった。

 驚くやら情けないやら反応に困ったが、(やしき)の方に動きがないのが気になった。

 おそらく、邸の守備隊の方では事態を察知していない。

 そう考えたセルジュは、兵にはそのまま邸の守備隊へと報せに行くように命じ、己は剣を手にセドリックの居室を目指した。

 近くの篝火(かがりび)は倒されていた。部屋の中に(あか)りがなければ、テラスの位置を確認するにも少し戸惑ったかもしれない。

 だが幸い、室内に燈りがあるらしく、ぼんやりとした光が庭に漏れてきている。セドリックは居室にいるのだろうか?

 窓は開け放たれ、カーテンだけが閉められている。夜風に時折(ときおり)それが揺れていた。

 だが争う気配は伝わってこない。任務に()くにあたって、決してセドリックの近くには寄らぬよう厳命を受けている。セルジュは躊躇(ためら)った。

 何かが起きているのは判っている。ひょっとしたら(ぞく)はすでに殿下の元に……。

 お命を奪うつもりだった場合、だとしたら間に合うまい。

 バルドールの家のこと、自分の立場、王の命令――様々な人の、様々な期待や思惑が、セルジュに重くのし掛かってきた。

 しかしその時、鋭い声が聞こえた。

「取り消しなさい!」

 セルジュは耳を疑った。クリステル!? なぜここに? いや、こんな時間になぜ?

 そこまで考えて、ぼんやりとした推測がいくつか心に浮かんだ途端、セルジュは自分を抑えられなくなった。

御免(ごめん)!」

 剣を抜いて一声大きく呼びかけ、テラスに上がった。カーテンを横に引くと、そのまま室内に踏み込んだ。

 思ったより室内は暗かった。立つ人の姿が、すべて影に見えた。視界を助ける(あか)りはと言えば、東洋の(つぼ)の中に立てられた蝋燭(ろうそく)だけだ。これでは目が慣れるまで何もできぬ。

無粋(ぶすい)な」

 静かな声が響いた。若い男の声だ。どこかで聞いたような気もするが思い出せない。

「貴様が牢獄の番人か」

 男が言うのに応じるように他の影たちが動いた。暗い中でも金属のきらめきは見て取ることができる。剣を抜いている者が居るのだ。

 セルジュはしまったと思った。己は月明かりを受ける位置にいる。対して襲撃者たちは薄暗い室内にいる。しかも闇のような黒い装束(しょうぞく)をしている。

 視認という点において己が圧倒的に不利な立場に置かれていることが解った。

 影の一人が動いた。この男も抜き身の剣を()げている。その剣先が上がって己の方を向いた。

「クリス! 君は無事か?」

 大きな声で呼びかけた。

「わたくしはだいじょうぶです」

 しっかりとした声。セルジュは安堵した。

「王を(おそ)れぬ不届き者めら、今すぐに剣を()てよ。さすればその罪も軽くなろう」

「罪だと?」

 男はせせら笑った。どうやらこの男が頭目(とうもく)であるらしかった。

「どちらに罪があるというのだ? 御姫(おんひめ)か? それとも王にか……? モーリス」

 言われて体格の良い男が前に出てきた。黒装束に覆面をしている。ブロードソードの鞘を払ってセルジュの前に突きつける。セルジュも剣を構えた。

(けい)にお任せしよう」

 つまらないような言い方だった。自分が出るまでもない、そう言われている気がした。

 ――(あなど)られている!

 頭に血が昇った。目前の男を(にら)()えた。モーリスと言うようだが、無論偽名であろう。

「私はバルドール家のセルジュ。おそらくは貴公も名誉ある貴族であろう。馬鹿な真似(まね)はよせ。お互いに剣を引こうではないか」

 怖れているわけではない。多少ではあるが目も慣れてきた。だがこの場にはクリステルが居る。斬り合いが始まれば、彼女の身が危うくなる。

 自分一人では到底、クリステルの安全を確保できるとは言いがたいのだ。

 少しは言葉が届いたのだろうか。己に向けられた切先(きっさき)が揺らぐように感じた。相手に迷いがあるのだ。

「……貴公はバルドール伯なのか」

 頭目とおぼしき男が呟いた。その一言で、心なしか黒装束の男たちに躊躇(ためら)いのような微妙な空気が流れた。

「しかし我らはもはや退()けぬ」

 仲間の躊躇(ためら)いを敏感に感じ取ったのだろう。確認をするように頭目らしき男が続けて言った。

 それに応じたのかモーリスの剣先が滑るように動いた。(よど)みがない。

 ――かなりの使い手!

 思った瞬間、斬撃が繰り出されてきた。左に移動しつつそれを受けた。剣が打ち合う高い音が鳴り、火花が散った。

 体勢を崩しこそしなかったが、二の腕が(しび)れるほどの重さが乗った剣だった。

 セルジュは驚くとともに強い焦りを感じた。他の連中も同程度の腕を持っているとしたら、自分一人ではどうにもならない。

 いや、もうすでに劣勢を挽回(ばんかい)をすることなどできぬかもしれぬ――銀光が(ひらめ)き、再び剣が繰り出されてきた。

 重さを乗せた一撃だが、決して全体重を掛けることのない剣(さば)き。

 相当にブロードソードを扱い慣れた人間でなければ無理な動きだ。

 体勢を中程(なかほど)に保ち、剣の重さだけを頼りに、振り抜く勢いを見事(みごと)に操っている。

 三合、五合と打ち合う中で、セルジュは妙な感触を持った。

 この剣は……どこかで……。

 セルジュは少し距離を取った。相手を観察する。二人とも、半身に月光を浴びる位置にある。

 モーリスはやや前傾しつつ、剣先をこちらの喉元(のどもと)に向けていた。剣を少し内へと(ひね)りこむようにして構えている。肩に力は入っておらず、がっしりした体型の割には力みを感じさせない。

 その姿には、確かに感覚(おぼえ)があった。

「……叔父上」

 かすれた声でセルジュは(つぶや)いた。向けられた剣先がぴくりと動いた。言葉よりも遥かに確かな、それが答えだった。

 驚きと、それを(しの)ぐ悲しみとがセルジュを襲った。

「どうして……」

 声が震えた。胸が痛んだ。

 庭から叫び声が聞こえてきた。剣が打ち合う音が聞こえた。庭でも戦闘が始まっているようだ。

 扉を開ける音が大きく響いた。直後室内にいる襲撃者の一人が、剣を振り上げるのが見えた。

 その近くで身を(かば)うように手を差し上げる人の姿がある。女性だ。

「クリスっ!」

 叫んだ。間に合わない。

 だが肉を裂く音は聞こえなかった。替わりに、剣が打ち合う高い音が鳴った。

「こりゃあどういうことだ?」

 問い掛ける声。だがこの状況にしてはまったく呑気(のんき)としか言えないような声。

 まるで日常何でもない物事を聞くかのような……。

「イーヴ!」

 クリステルの声が聞こえた。驚きと喜びの(こも)った声だった。

「貴様も牢番の一人か?」

「何を言っているんだ?」

 イーヴはまるで解らないと言ったように問い返した。そして少し男に近寄った。剣が届くかどうかという距離である。見事な間合い感覚であった。

 男は何も答えず、近くに立っていた少女を庇うように後ろへとやった。今気付いたが、黒髪の少女である。噂に聞くセドリック殿下のお相手かもしれない。

 少女は男のマントの(すそ)(つか)んでいる。

 男はそっと少女の手を取って、優しくマントから放させた。

「……御心配には及びません。すぐに片付けますゆえ、今(しばら)くお待ち下さい」

 今までとはうって変わったような優しい、思いやり深い口調である。

 それだけで、この男が少女のことを、本当に大切に思っていることが伝わってきた。

 先程(さきほど)イーヴに剣を弾かれたのとは別の襲撃者が、再びクリステルに対して剣を振り上げた。

奸賊(かんぞく)の娘っ!」

 イーヴが反射的に振り向いた。セルジュも駆け出そうとした。だがそれよりもモーリスの方がさらに早かった。そのブロードソードが銀弧(ぎんこ)を描いた。クリステルへと振り下ろされようとしていた剣がそれで跳ね飛ばされ、部屋の奥へと飛んでいった。

「何をするっ!」

「……娘は関係あるまい」

 押し殺した声は、やはり(まぎ)れもなく敬愛する叔父のものだった。

「……どういう事情かは知らないが」

 イーヴが言った。

「クリステルに手は出させない。俺の大事な人間なんでな」

 大股で歩き、クリステルの前に立った。無造作な所作(しょさ)だが付け入る隙が無い。

 イーヴがかなりの使い手であることは、以前ジャン・ザ・ビオンで助けられたときに見知ってはいたものの、こういう駆け引きのような場に()いても適確な行動を取れるとは思っていなかった。少し意外に感じた。

 襲撃者の頭目とイーヴとは、お互い(かば)う女を背後にして向き合っていた。

「そちらの御令嬢は貴様の恋人なのか?」

 男が問うた。

「違う」

 イーヴの背後で、クリステルがびくりと身を固くするのが見えた。

「俺の恋人ではない。だが大事な人間だ」

「そうは見えぬがな」

 男が剣を抜いた。自信のある動きだ。腕にかなりの覚えがあるのだろう。

 イーヴの目が細くなったように見えた。

 

   *

 

 肩から剣先に到るまでの線が、流れるように綺麗である。

 ただ剣を抜いただけで、見事な存在感がある。

 しかもその気配は、剣戟(けんげき)苛烈(かれつ)さを帯びたものではない。どちらかと言うと優雅ささえ感じさせるものだ。静かな森のような、深みと静寂とを感じさせた。

 できる――と、イーヴは思った。

「……大事な人間と言ったな?」

「ああ」

 剣を構えながら答えた。後ろ手でクリステルを押しやった。近くに立たれては守れない。

「ならば守ってみろ。貴様の力でな」

 男の剣先がイーヴに向けられた。冷たい風のような殺気が顔に当たる。額の中心に氷を付けているようだ。

 これほどの相手と向き合うことは久しぶりである。

「お前、かなりの腕だな」

「いささかだが腕には覚えがある」

「いささか?」

 イーヴは鼻で笑った。どうしてこう、貴族という者は持って回った言い方をするのだろう? 馬鹿らしい。

「お前は強いさ。だが俺はもっと強い」

「ほう……では試してみようか」

 静かな言葉とは裏腹に、男は素速く動いた。靴音も立てずに距離を詰めてくると、鋭い突きを繰り出してきた。

 首を(ひね)って(かわ)しざまに、イーヴは横薙(よこなぎ)の一撃を見舞った──が、躱された。男は大きく背後に身を引いてこれを避けた。並みの相手ならば(はらわた)をぶちまけているところである。

 だがイーヴも躱されることは読んでいた。軽く手元で剣を返すと、下からの一撃を繰り出した。さすがにこれは避けきれずに、男は剣で受けた。

 イーヴは男を蹴ろうとしたが、男は腕でその蹴りを牽制(けんせい)し、真横へと飛んだ。

「やるじゃないか」

 イーヴは首を軽く鳴らした。だがこの程度なら、保って三十合というところか。その位で仕留める自信があった。

 けれどこの男はまだ力を出しつくしてはいない。この男の力はこんなものではない。

 長い勝負になるかもしれなかった。

 楽しめそうだ。知らず、口元に笑みが浮かんだ。

「貴公の名を聞いておこうか」

「俺はエク族のイーヴ。勇者の(あかし)を持つ者だ」

「勇者か……なるほど通りで見事(みごと)な剣だ」

「あんたの名は?」

「申し訳ないが名乗れぬ身だ」

「そうか。そいつは残念だ」

 イーヴは本当にそう思った。

「だが安心しろ。たとえ名前が判らなくても、俺とあんたが戦ったことは変わりがない。あんたのことは決して忘れないし、この戦いの名誉は消えることがない。あんたは勇者として戦うに足る相手だ」

 それを聞くと男は剣先を下げ、構えを()いた。

「どうした?」

「……私は貴公に()びねばならない。どうか(ゆる)して欲しい」

「はあ? 何を言っているんだ?」

「私は貴公のことを、ただの(やと)われた野人(やじん)かと思っていたのだが、そうではないと判ったからだ。貴公はその社会にあって尊敬を受けるに(あたい)する戦士なのだな」

「そうだ」

 イーヴははっきりと答えた。謙遜(けんそん)する気にはならなかった。

 それだけの努力をしてきた。日々、己の力を高めることだけを目的としてきた。

 そして勇者の(あかし)(さず)かった。そこには己を超えた尊さがあるのだ。

「俺はエク族の勇者。俺に(やぶ)れても、決して恥にはならない」

 男の方でもイーヴの力量を感じ取ったらしい。これだけの腕があるのだから当然だとも言えるが、わざわざそれを言明する理由が分からなかった。

 剣技についての先程の言葉といい、貴族という者は、余程もったいをつけるのが好きらしい。

「貴公と剣を交えられることを光栄に思う」

「俺もだ」

 男は背後の少女に振り返った。

「御姫。まことに恥ずかしき事ながら勝利を御約束することができませぬ。もし私に万一のことあらば、仲間に(したが)ってお逃げ下さい。皆、信のおける同士たちでありますゆえ、決して悪いようには致しません」

 少女が表情を硬くした。胸元で組み合された手が痛々しい。

「アド……」

 口を開きかけた少女の口元に男は手をやった。少女に向かって、言葉を発しないように静かに首を振る仕草をした。

「御姫。まことに勝手なことながら、お願い申し上げます。どうか私に戦士として、騎士として恥じるところなき機会をお与え下さい。私は名も無き者であります。王からは(ぞく)(さげす)まれましょう。されど私は騎士であります」

 男は剣を(ささ)げ持ち、少女へと(うやうや)しく差し出した。

 イーヴの目にはひどく芝居掛かった光景に見えた。

 馬鹿らしい。隙だらけだ。今打ち込めば容易に斃せるだろう。

 だがそんなことをする気にはまったくならなかった。

 どうせ長い時間ではない。待とうではないか。

 この儀式が終わったとき、男はさらに力を増してイーヴの前に立つだろう。

 その確信があった。期待があった。

 少女の顔が(ゆが)んだ。口元を(おお)って涙を流した。だが声はない。

 きっと、いつもこうして泣くのだろう。イーヴは何となくそう思った。

 男は首を垂れたまま、剣を差し出している。誰も動かない。

 その場の誰もが、無言で状況を見守っているようだった。

「……許します」

 少女のか細い声が響いた。

「ありがたき……」

 言葉を含むように男は言い、ゆっくりと顔を上げた。

 覆面をしているため顔は判らない。だが若く、秀麗な面立ちをしているであろうと察せられた。

 突然少女が男の顔を抱え、その額に唇を押しつけた。(ふる)えるような口づけだった。

「死なないで……」

 可憐(かれん)朱唇(しゅしん)からは小さな、しかし精一杯の願いが込められた(つぶや)きが漏れた。

「もったいない御言葉……感謝致します」

 男が立ち上がった。顔の正面に剣を(かざ)した。

「エク族の勇者よ。お相手をお願いしたい」

「解った」

 戦いの興奮に、身体(からだ)がぐうっと盛り上がるように感じたその時、クリステルが肩に手を置いた。

 物凄く不安そうな顔をしている。

「なんだ?」

「……無理をしないで下さい」

「意味が解らない。だが後で話そう。今は忙しい」

「あとが、後があるのですね?」

「当たり前だ」

 イーヴは口元に笑みを浮かべた。

「俺は誰にも負けない。『大いなる敵』を斃すまでは、誰にも」

 クリステルが目を大きくした。イーヴを凝視してくる。驚きと、心配と、そしてそれ以外の何か。

 様々な思いがその顔に現れているようだったが、イーヴにはよく判らなかった。

 言いたいことが数多くあるのだろう。だがクリステルはただ一言だけ言った。

「……信じます」

「ああ」

 肩に置かれた手が離れた。イーヴは軽く剣を振り、それから男の前に立った。

「待たせたな」

「こちらこそ貴公をお待たせして申し訳ない」

「始めるか」

「お願いしよう」

 男の返事が聞こえると同時にイーヴは動いた。斜め上から男の肩口を狙って剣を振り下ろす。男はこれを(かわ)した。予想通り。すぐさま身を低くして、男の足元を切り払った。

 しかしこれも躱された。男は宙に身を(ひるがえ)したのだ。

 殺気。

 イーヴは左手を床について、全身を真横へと飛ばした。同時に男の剣が、今イーヴの占めていた空間を弧を描いて通過するのが見えた。

 短く息を吐きながら背後に飛んで立ち上がった。だが攻撃に転じる猶予(ゆうよ)は与えられなかった。男が前に出てきて鋭い突きを繰り出してきたのだ。

 頭をわずかに動かして一撃目を(かわ)した。男の剣は切り払いに来るのではなく、そのまま二撃目の突きとなって胸を襲ってきた。下から剣を跳ね上げてこれを(はじ)いた。

 男は(ひる)まない。さらに突きを繰り出してくる。攻撃の間隔が短い。今までイーヴが体験したことのない攻撃方法であった。

 頭部を狙う突きを躱すたびに、耳元で嫌な風切り音が鳴った。

 胸を狙う突きを弾く。腕を、(もも)を狙う突きを寸前で(かわ)した。

 だが完全には躱しきれない。傷は負っていないものの、服は何箇所も裂かれていた。

 まるで銀の蛇のごとくに、男の剣は伸びてくる。

 男の攻撃にわずかな間隔の開きが生まれた時を見計らって、イーヴは間合いを取った。

(たい)したものだな」

 多少呼吸を荒くしながらイーヴは言った。

「私の剣を(かわ)しきったのは貴公が初めてだ。その言葉、貴公にこそ(あたい)しよう」

「そうか」

 今度はこちらの番だ。気息を素速く整え、イーヴは前に出た。

 鋭く踏み込んで再び横薙(よこなぎ)の一撃を加えたが、今回も男は背後に身を引いてこれを躱した。

 その瞬間イーヴは剣を背後に回し、肩に(かつ)ぐようにすると、突然倒れ込むようにして上から振り下ろした。

 腕と腕がぶつかった。

 男は膝を着き、左の二の腕でイーヴの腕を受け止めていた。

 すんでの所である。わずかに反応が遅れれば、男は胸元まで肩を切り裂かれていただろう。

「これを(かわ)したのはあんたが初めてだ」

「……それは光栄だ」

 まさかこれも躱されるとは。イーヴは驚いていた。

 お互い相手を警戒して少し距離を取った。剣を構えたまま(にら)み合う。

 とその時、人の気配が近づいてきた。庭からだ。松明(たいまつ)もいくつか見える。二人の戦いを見つめていた室内の者たちも、それに気づいたようだった。

「勇者よ。残念だが……」

「決着はつけられないというわけか?」

「後日機会を与えられることを祈りたい」

「俺にか? それともお前たちの神にか?」

「運命にだ」

 男の言葉はイーヴには響いた。運命か……それも悪くない。

 イーヴは剣を下げた。

「俺はあんたらの事情には関係ない。好きなようにするがいい」

「感謝する」

 男は剣を(さや)(おさ)めた。周囲にいる黒装束の男たちが我に返ったように動き始めた。

「待て!」

 一人だけいた甲冑(かっちゅう)姿の男が叫んだ。見たことのある顔だ。

 たしかジャンザビの中で出遇(であ)った――セルジュとか言ったか。クリステルとは友人であったはずだ。

「お前たちを行かせるわけにはゆかぬ!」

 セルジュは剣を構えた。だが黒装束の男たちが素速くその周囲に立った。皆、剣を抜いている。しかも突きに入る体勢を見せていた。セルジュからは見えない位置の相手もあり、危険な状況だった。

 助けに入るにはイーヴの場所からでは間に合わない。

「やめろっ!」

 それを見てイーヴと剣を交えていた男が叫んだ。だがもう配下の黒装束は攻撃の動作を起こしている。

「セルジュ!」

 クリステルも叫んだ。黒装束の男たちが抱き付くようにセルジュに近づいた。肉を深く突き刺す音がした。(くぐも)った(うめ)き声。

 黒装束の男たちが離れると、一人の男が崩れるように床に倒れた。それはセルジュではなかった。

 黒装束の内の一人だった。

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