――
以前入ったときとは空気が違う。
イーヴはジャンザビを登っていた。
入山はまったく阻害されることがなかった。
驚くほどに簡単にジャンザビの
だがその後が違う。山の雰囲気が激変していたのだ。
薄暗い、闇のような気配が周囲に垂れ込めている。
木々の姿が変わったとか、地形の起伏が変わったとかいう話ではない。
不気味な気配が辺りを
空も暗い。雨雲とまではいかないが、灰色の低い雲が空を
これがイーヴを迎えたジャンザビの表現なのか、それとも何か別のものがあるのか……。
クリステルの話によればジャンザビの中の時間は一定であるという。
ならば己がクリステルたちと下山した時、その直後から始まらなければ
今の山の様子はとても、あの下山した時の様子とは違う。
全く別の山なのではないかと思えるほどだ。
太陽が二つの時に入山して帰ってきた者はいない……。
クリステルの言葉が思い出される。どうやら己は入山者の中でも例外に入るらしい。
時間が一定であるとか、その他の色々わけのわからぬジャンザビの法則にしても、己には当て
いずれにしても「歴史」はこれから作られるのだろう。何者かが入って来るにしても、または――。
イーヴは頭を振った。己が「大いなる敵」になるなど……。
馬鹿馬鹿しい話だと思う。だがその可能性は充分にあるのだ。しかも入山した以上、それは確定の条件かも知れない。
それでも、イーヴにはエク族の勇者たちを見捨てることはできなかったのだ。
クリステルを振り払ってでも。
胸が痛んだ。
だがあれしかなかった。他にできることはなかった。
道のような場所に出た。
以前も歩いたことのある場所だ。クリステルと共同生活をしていた時には、良く一緒に歩いた――。
ずきりと胸が痛んだ。思わず手で押さえるほどに。
イーヴは来た道を振り返った。草が茂り、木々が枝を伸ばしている。
闇があった。山の
「……クリステル……俺は、あんたのことを――」
言いかけて、しかし口を
二度と言ってはならない。言う資格は己にはない。
あんなに悲しい涙を流させておいて、その言葉を言う資格などない。
イーヴは前を向いた。他に見るべきものはない。
この先には例の洞窟がある。
行くのは
イーヴは洞窟を目指した。
足元を見ながら歩き、何も考えないようにした。
やがて洞窟に着いた。そしてイーヴは、驚愕した。
「……っ!」
人が倒れている。入口の手前、洞窟に入る前の少し開けたところだ。
しかもエク族の服を着ている。
ここはジャンザビの中、ジャンザビの時間……誰が居たとしても、
そのことをクリステルに聞かされて解ってはいた。解っているつもりだった。
だが、イーヴは荷物を放り出して駆け寄った。
「おい! 大丈夫か!?」
倒れているのは男だった。かなりの傷を負っている。見ると周囲には血が飛び散っていた。
ここで戦いがあったようだった。
イーヴは慎重に男を助け起こした。水を口元に垂らすと男は目を開けた。
「……おまえ、は……」
「俺はエク族のイーヴ。あんたは?」
「おれは……ヨルン」
イーヴは妙な気分になった。
エク族にあっては良くある名前ではある。
しかしそれはイーヴにとっては、良く知った名前なのだ。
ヨルンの胸元には「勇者の護符」が光っていた。イーヴは息を呑んだ。
「なぜ……ジャンザビに入った?」
「知れたこと……『大いなる敵』を、
イーヴは全身が総毛立つのを感じた。
……なんだと?
この男は、「大いなる敵」を斃すためにジャンザビに入ったというのか!
いったい何が起こっているのか。イーヴの頭は混乱した。
クリステルに聞かされた話を思い出そうとする。しかし心の中で話が重なり合い、押し集まって
気持ちばかりが高まり、血が
いけない。興奮している。落ち着かなくては。
事態を把握しなくてはならない。
「……お前も、勇者か……」
ヨルンはイーヴの胸元を見た。しかしそこには「勇者の護符」はない。
「護符はないが俺は勇者だ」
「……護符はどうした……」
「女に与えた」
それを聞くとヨルンの瞳に驚きの色が表れた。そして苦しそうに笑った。口元から泡のような血が流れた。
イーヴは怪我の状態を素速く調べた。出血から言って相当な
今すぐに手当てをしても、助かるかどうか判らないだろう。ましてやここはジャンザビの中である。
ヨルンの
「……俺も、そうすればよかったよ」
「あんたにも好きな女が?」
「……妻がいる」
それを聞いた時、イーヴは稲妻に撃たれたかのような衝撃を受けた。
直感である。イーヴはヨルンの顔をよく見た。
苦しそうに
思い出そうとした。遠い日の記憶を。
母の腕に抱かれて見送った、あの日の記憶を。
「イーヴと……言ったな……」
「そうだ」
声が震えるのを
「……おれの……息子と同じ名だ……」
イーヴは固まった。動けない。言葉が出てこない。
ただじっと
違うかもしれない。これはまったく同じ名前で、ただの他人であるのかもしれない。
イーヴもヨルンも、エク族にあっては特に珍しい名前というわけではない。
だがイーヴにはそうは思えなかった。腕の中の男は父に違いない。そう感じた。
ジャンザビは、なんと恐ろしい仕打ちをするのか。
ヨルンの腰に巻かれた
エク族伝統の意匠。
そして母が得意としている意匠だ。
「……その剣帯は?」
「妻が……」
そうか。
やはりそうか。
ヨルンの呼吸が怪しくなってきた。
「ヤツの……足と、
イーヴは
「この洞窟の……奥に」
イーヴは頷いた。
「おまえが
ヨルンが見つめてきた。強い眼差しである。
「ああ」
イーヴは、頷いた。
ヨルンが安堵したように笑んだ。
「おれの息子は……強くなるだろうか……」
「勇者になる」
「……そうか」
「あんたの息子だ。誰よりも強い男になる」
ヨルンは息を吐いた。すべての者がそうするように、静かな、長い息を吐いた。
「そうか……」
満足そうな、
イーヴの腕の中で、ヨルンは
涙は出てこなかった。
だが涙は出てこなかった。
替わりに計り知れないほどの感謝と愛と、そして激烈な殺意が込み上げてきた。
「……行ってくる」
イーヴは立ち上がった。
洞窟の入口に向かって歩き出した。足元、血の飛び散った地面に、槍が落ちていた。
エク族の槍だ。穂先には赤い血が付いている。
ヨルンが、父が使った槍だと思った。
槍を拾い上げた。握り締めた。
心は冷めていると感じた。今、たった今受け取ったものは、それだけの心を
しかし身体は妙な心地だった。
――俺は恐れているのか?
冷静に思った。そして己が冷静であることを冷静に認識した。
つまりこれは恐怖ではない。
――良し。
胸の中心に力を感じた。思う間に細かな
イーヴは息を吐いた。洞窟の中へと、入って行った。
中の造りがどうなっているかはよく解っている。
少し入れば奥は広い空間になっていること。
天井の高さは槍
つまり、戦うに充分な広さがあることをイーヴは知っている。
問題は
なぜなら行く手は明るい。奥に光があるということだからだ。
洞窟の中に入った。かつて生活の場にしていた場所だ。
イーヴは息を呑んだ。
壁全体が光を放っている。いったいどういうことなのか。
炎には遠く及ばない、あえかな輝きである。弱弱しく、その境界も定かではない、ぼんやりとした光が、周囲を
これは何かの魔法なのか。魔法などというものをイーヴは信じたことはなかったが、もしもこれが魔法なのだと言われれば、今なら信じられる気がした。
光の中心には夜空があった。夜空には星があった。イーヴはそう思った。
ここは洞窟の中である。夜空など見えるはずがない。しかし一瞬そう思ってしまうほどに、目の前の存在は天の象を写し取っていた。
あるいは洞窟を満たすこの光は目の前の星々から出たものなのかもしれぬ。
全身を
だがイーヴは即座に理解した。今目にしているものが、己の想像を
頭部は
天の星々がその体に
このような生き物が存在するはずがない。少なくともイーヴの居た世界にはいなかった。
人は人、獣は獣である。獣と人と、その両者の力を併せ持つかのようなこの存在は、一体何なのか。
心臓が強く脈打ち、こめかみの辺りに痺れるような感覚が走る。
「……ジャン・ザ・ビオンはわたくしたちの世界だけではなく、その他のあらゆる世界にも存在します。そしてどの世界からも中に入ることはできるのです。多様な植生や、見たことのない生物もそうした特性の結果です」
クリステルの言葉が脳裏に甦った。聞かされた時にはそんなものかと思っていたが、今はっきりとそれが真実であると納得できた。
目の前の存在はイーヴも、そしておそらくクリステルも知らぬ存在だ。あるいはレイモンならば知っているのかもしれないが、もはや確める術はない。
獣頭人身。
そんな生き物は、神話や物語の世界にしか存在しない。
誰も見たことがない、しかし、確かに人の心の中に存在するもの──
それが血と肉を
「大いなる敵」であった。
そして首の回りには、いくつもの「勇者の護符」が掛けられていた。
イーヴは全身の血が逆流するような
「……俺はエク族の勇者イーヴ。ヨルンの息子イーヴだ」
己の声が震えている。恐れのためではない。畏れと、感動のためである。
「大いなる敵」は、重く、低い
言葉はない。人の言葉は話せないのではないだろうか。
だがイーヴの心は伝わったようだ。「大いなる敵」は立ち上がり、脇に置いてあった巨大な
「大いなる敵」は戦斧を構えた。
その足元が血で濡れていることにイーヴは気づいた。
夜空の一角、脇腹から血が流れている。右の
イーヴは「大いなる敵」へと槍を突きつけた。
「『大いなる敵』よ。俺はあなたを
「大いなる敵」が
戦斧を振り上げつつ突進してくる。イーヴは左に回り込んだ。足の傷を見越し、「大いなる敵」の右側へと移動したのである。
石の破片が降ってくる。尋常ではない。いや、人間の域を遥かに超えている。
打ち合いは不可能であるとイーヴは悟った。
戦斧を躱した姿勢のまま、イーヴは槍を突き出した。「大いなる敵」は戦斧の
尋常でないのはその
恐るべき
――やる!
イーヴは猫のように後ろに
相手は大柄である。いや巨体である。下からの攻撃が有効だ。
「大いなる敵」は荒い息を吐きながら、イーヴに歩み寄ってきた。足取りが少し頼りない。
歩みの後には、血が点点と続いた。
本来ならば、万全の状態である時に
挑戦を
ならば決まりだ。戦うことになんの問題もない。避けるべきならば拒否の意を示せばよいのだ。
「大いなる敵」はそうしなかった。たとえ言葉は通じなくとも、不屈の戦意は確かにイーヴに伝わったのだ。
イーヴの少し手前で「大いなる敵」は立ち止まった。巨大な戦斧を構えた。足幅を広く取った。
――来る!
思った瞬間、戦斧が打ち込まれてきた。身を
戦斧が巻く風が
小刻みな連撃なのだろう。これでも。
己など
足元を払う一撃が来た。
イーヴは鋭く飛び上がると同時に、槍で突いた。「大いなる敵」は首を大きく振ってこれを
イーヴは足で戦斧を踏むようにして横に飛んだ。「大いなる敵」が己を壁際に追いつめようとしていたことなど、
濡れたような黒い瞳がイーヴの方を向いた。雄牛の瞳。何を考えているのだろう。
戦斧を大きく振りかぶった。
後ろには躱せない。
なんと戦斧から手を離したのである。自由になった巨大な腕が、物凄い早さでイーヴに伸びてきた。
――しまった!
思う時にはもう、イーヴの足は洞窟の床から離れていた。イーヴとて屈強な戦士である。それを
「大いなる敵」は
下は石の床である。落とされれば命はない。
考えている場合ではなかった。イーヴは槍を投げ捨てると腰の剣を抜き、それで「大いなる敵」の手首を引き切った。獣皮に刃が食い込む感触がした。この皮自体が、「大いなる敵」の身を守る
叩き付けられる途中で、その動きが狂った。イーヴは体を返し、両脚で地を蹴るような仕草をした。靴の
「ぐっ!」
イーヴは
「大いなる敵」が
洞窟の壁にその影が
膝から下に力が入らない。イーヴは壁に手をついて立ち上がろうとした。骨が折れているのを恐れたが、
立ち上がると壁に背を
ふと右側に、がらくたのような物が
探し物はすぐに見つかった。期待外れの姿で。
クリステルが使っていたナイフだ。だが、ぼろぼろに
だが一瞬だけ機会を作るためならば、使えるかもしれない。
幸い
ナイフを
イーヴは立ち上がった。「大いなる敵」は手首に布を巻き終え、戦斧を拾いあげていた。
「始めるか……」
両手で剣の柄を握るようにした。その内側にナイフを隠している。
「おおおおおおっ!」
イーヴは大きく踏み込んで剣を振った。金属音が鳴った。「大いなる敵」は
剣先が流れた。大きな隙を見せたことになる。
――来るか?
しかし「大いなる敵」は乗っては来なかった。何か感づいているのだろう。
戦斧を突き出し、押し出すようにしてイーヴと距離を取ろうとした。
その瞬間イーヴは足を上げ、戦斧に跳び乗った。
「大いなる敵」が悲鳴をあげた。
戦斧を放り出し、顔を
大きな腕を
「大いなる敵」は絶叫をあげた。
右足の傷口を狙った突きである。ほぼ同じ場所に攻撃を受けたのだ。
イーヴは深く剣を突き刺すと、そのまま
薄暗い床の上を、素速く目を
イーヴは先程投げ捨てた槍の元へと走り、拾い上げた。
「大いなる敵」が
鼻の近くから血を流している。ナイフは傷を与えることに成功したようだった。再び戦斧を構えると、イーヴへと間を詰めようとする。
しかし
今の攻撃により、右足の傷はかなりのものになっている。
動きをかなり殺せたであろうし、もはや長くは戦えないだろう。
呼吸も荒い。だがイーヴを見つめる眼差しに変化はない。
元より雄牛の目である。何を考えているかは判らないが、戦いを始めたときと同じく変化なしなのだから、これはまだ闘争心を燃え立たせていると見た方がいいだろう。
イーヴは槍を構え、自分から見て「大いなる敵」の左側、怪我をしている側へと回り込もうとした。
しかし「大いなる敵」の方でもそんなことはお見通しらしく、イーヴに合わせて体を回してくる。広いとは言っても洞窟なので、すぐにこれ以上回り込むことはできないという位置まで来た。
その時である。
「大いなる敵は」やおら戦斧を
「大いなる敵」の腕であった。危険を感知したときには手後れになっていた。丸太のような腕にしたたかに殴られて、イーヴは吹き飛ばされた。
洞窟の壁に当たって軽く跳ね返り、床へと落ちた。殴り飛ばされたことは判っていたが、尋常な一撃ではない。全身がばらばらになったかのようで、動くことができなかった。
どれだけの傷を受けたのかも判らない。
立てない。イーヴは
――「大いなる敵」を斃すまでは、俺は死ねない。
立たなければ、しかし
なんとか手を着いて身を起こそうとした途端、息が止まるほどの痛みに襲われた。
それで判った。骨だ。おそらく
つい先程は優位に立ったと思ったものが、今はこの
笑うことすらできない。油断したつもりはなかったのだが。
「大いなる敵」が近くに立った。イーヴは首を
「かはっ……」
息が詰まる。「大いなる敵」は力を
その時イーヴと、そしておそらく「大いなる敵」とは、同時に驚いた。
イーヴは己の右手に。その感触に。「大いなる敵」はイーヴが右手に握っている槍に。
あの衝撃の中、槍から手を離さなかったのだ。偶然であろう。だがイーヴにとってはそんなことはどうでも良かった。
反射的に槍を突き刺した。胸に向かった穂先は、しかし「勇者の護符」に当たって
そして、「大いなる敵」の首筋へと吸い込まれた。
「ぐあ……」
目の前が暗くなる。イーヴの足は完全に床を離れていた。
だがそれでも、イーヴは
「大いなる敵」は首を絞める力を弛めない。イーヴを離して槍を抜こうとはしない。
どちらが先に息絶えるかの
「ぐおお……」
耳鳴りがしてきた。もう何も見えない。両腕の感覚もない。
それでも槍を押し込んでいく。押し込んでいこうとした。
不意に自由になった。イーヴは床に落下した。激しく
動かない。
「大いなる敵」は疲れたような立ち方のまま、固まっている。
首からの出血が
星々が輝きを失っていた。
その体に輝いていた天の星々は、流れる血に
イーヴは洞窟を見廻した。武器を探した。
最初「大いなる敵」が
イーヴは剣を拾い上げ、「大いなる敵」を見つめた。
「大いなる敵」よ――。
――俺は、今あなたを斃す。
イーヴの攻撃を受けて、「大いなる敵」はゆっくりと倒れていった。巨体が背中から床に倒れていく。
地響きのような重い音がした。
「大いなる敵は」手足を拡げたような
戦いは終わった。
イーヴは深い息を吐こうとして、そしてやはり痛みに
「大いなる敵」の首に掛けられた「勇者の護符」。これがなければ槍は胸に刺さり、ひょっとしたらイーヴが先に死んでいたかもしれない。
血まみれの護符たちを、イーヴは静かに見つめた。
「さあ……帰ろう」
語りかけるように
剣を拾い上げた近くには、他にも「勇者の護符」が
イーヴは「大いなる敵」の
墓を掘るのはかなりの労力を必要としたが、イーヴは
角を一緒に
それらの作業をしている間、不思議と日が沈むことはなかった。
作業が終わると空白の時間がやってきた。
これからどうすればいいのか。まずは傷を治すことだ。
それからかつてのように生活の準備をしなくてはならない。「大いなる敵」の屍体と、血を片付けなくてはならないが、こちらは急ぐ必要がある。怪我の治りを待っている余裕はない。イーヴは溜息を吐こうとしてやめた。あまり大きく息をすると、痛い目を見ることになる。
洞窟の入口近く、父の墓の
虚脱するとはこういうことを言うのか――。
そう思ったとき異常に気付いた。
己の影が、左右に分かれている。
イーヴは右を向いた。
そこにも太陽があった。同じように、地に沈んでいこうとしていた。
「最初に太陽が二つの時に入山してしまったあなたは、今一度、普通の状態で入山しても、自力で下山することは不可能になっています」
クリステルの言葉が
「ジャン・ザ・ビオンから脱出するためには、入った時と同じような状況で下山する必要があります」
そうだ。クリステルは確かにそう言った。なればこそ、己は下山の見込みがないのだ。
なぜなら「裁きの
入山したときに起こったそれが、なぜ今ジャンザビの中で見ることができるのか?
イーヴには解らなかった。しかし急がなくてはいけないことだけは判った。
イーヴは立ち上がると荷物を拾い上げた。最初に投げ出したままになっていた荷物だ。
墓穴を掘るのに使用した剣を鞘に押し込むと、荷物を持って歩き出した。
穴を掘ったり作業している間には全く動かなかった癖に、いざ動き出すとなると太陽の動きは速かった。上天を過ぎると一気に大地を目指して駆けてゆく。
痛みと疲労が何度も襲ってきた。
だがイーヴは歩みを止めなかった。何も考えず、ただひたすら山を下り続けた。
時間も判らない。音も消えた。
最後の茂みを掻き分けて前に出ると、そこは
己が入山したのは、ここからである。
左右には今まさに沈まんとしている太陽がある。
イーヴは荒野に踏み出した。