月下残影

06.悔悟

 朝靄(あさもや)の煙る早朝の下町。

 人々が動き出すにはまだ早い時間だった。

 ふと気づくと、下町にはやけに不似合いな、かといって貴族的な豪奢さがあるかといえばそうでもない、豪邸の前に立っていた。古いだけが取り柄の自分の家とは違う、当世風の洒落た感じの三階建ての建物を見上げ、門の鉄柵の前でミルイヒはうろついていた。

 ミルイヒは難しい顔でため息をついた。ここに来て何をするつもりなんだ、わたしは? またランディを頼るのか? 結局のところ、わたしはランディを利用しているのではないのか? ランディがわたしで優越感を満足させているだなんて……そんなこと、言えたものじゃない。

「あら、もしかして……ミルイヒ?」

 その声に驚かされて、周りを見回した。すると、柵越しにこちらに歩いてくる女性が見えた。茶色い髪をきれいに頭の上にまとめた、気の強そうな顔つきをした美人だ。

「お姉さん……」

 ミルイヒは気まずい顔で微笑んだ。よりにもよって、この人に会ってしまうとは……。

「久しぶりね、うちに来るなんて。……なんだか、見ないうちに男を上げたようね」

 と、品定めするように見てから言うと、ランディの姉――シェリーはにやりと笑った。ランディの笑い方とひどく似ている。

 その言葉に、ミルイヒははにかんだだけだった。

 シェリーは鉄柵の錠を開け、ミルイヒを手招いた。

「あ、いえ、違うんです……わたしはただ……」

 ミルイヒは入ることを拒むように手を振った。

「なーに? うちの愚弟に会いに来たんじゃないの? それともあたしにプロポーズでも? それは大歓迎ね」

 シェリーはからかうように言った。

 ミルイヒは、はにかんでその言葉を流した。

「……あの、ランディはいるんですか?」

「そうね。いても邪魔なだけなんだけど、いるにはいるみたいよ。珍しく」

「そうですか……」

 ミルイヒはうつむいた。

 シェリーは目をしばたいて、ミルイヒの顔をのぞき込んだ。

「何? 喧嘩でもしてるわけ?」

「ええ、まあ……いいんです。それでは」

 ミルイヒは会釈をして、その場をそそくさと去ろうとした。

「ちょっと、待ちなさいよ」

 シェリーは背を向けたミルイヒの腕をつかんだ。

「うちの愚弟が何をしたんだか知らないけど、ちょっと上がっていきなさいよ。朝食ぐらい出すよ」

 と、シェリーは片目をつぶって笑った。

 ミルイヒは少しだけ頬を染め、密かにため息をついた。この人の前では何の隠し事もできない。

 

「ランディ! ランディ!」

 大声と扉を叩く音に、ランディは不機嫌に目を覚ました。無視してそのまま眠ろうにも、そうさせてはくれなかった。音は徐々に高くなるばかりなのである。

「起きてるんでしょ!? さっさと開けなさいよ!」

 堪えきれず、ランディは掛布を蹴飛ばして起きあがった。たまに家に帰ってくるとこれだ。久しぶりにゆっくり寝ているのに、姉の横暴ぶりにはほとほと嫌気が差す。しかし、長年の習性で逆らえはしなかった。

 着の身着のままで、ランディは扉を開けた。すると、シェリーはすかさず部屋に押し入ってきた。

「な、なんだよ、姉貴!」

 ランディは驚いて後ずさった。シェリーは後ろ手に勢いよく扉を閉めた。

 シェリーの顔を見て、ランディは引きつった。眉間に一本しわを入れ、口を真一文字に引き締めている。恐ろしいことが起こる前触れだ。

 シェリーは腰に手をあて、厳しい顔で近寄ってきた。ランディは後ずさり、ついには壁に追いつめられた。シェリーは、ランディのあらわになっている胸に指を突きつけた。

「あんた、ミルイヒに何をしたのさっ!」

 ランディは戸惑った。

「ミルイヒぃ? 何で奴の話が……」

「今来てるのよ。傷心に疲れたような顔をして」

 シェリーはため息をついた。

「ああ、可哀想なミルイヒ……。あんたのことよ、ミルイヒにひどいことでも言ったんでしょ? それとも彼女でも奪ったの?」

 ランディは目をしばたいた。

「何で俺がそんなことを……俺は何にも悪くないぞ。傷つけられたのはこっちの方だ!」

「いっぱしの男が、傷つけられただなんて言うんじゃないよ!」

 ランディは気圧されて口をつぐんだ。それから、恐る恐るシェリーの顔をうかがいながら、口を開いた。

「姉貴には関係ないことだ。これはミルイヒと俺とのことであって……」

 その声はいささか力ない。

 シェリーは鼻を鳴らした。

「そりゃあね、あんたたちの間に入って、どうこうするようなつもりはないよ」

 シェリーはランディをにらむように見た。いつもの癖で、ランディは怯えるように目をそらした。

「あたしはただね、あの子がかわいいだけなの。あの子のいたいけな瞳を見るとダメなのよねぇ。何かしてあげたくなっちゃうの」

 シェリーはランディの存在を無視して遠くを見つめ、ほうっとため息をついた。

 その言葉に、ランディは思わずうなずきかけた。確かに、ミルイヒの頼りない感じはそういう気分にさせる。よくよく身に覚えのあることだ。

 おそらく、ミルイヒと関係を持った女たちもそうだったのだろう。それは本来、鉄仮面の下に隠されているはずだが、取り繕うことができないほどに精神が参っているのだ。

「それで、俺にどうしろと? 姉貴がなんかしてあげたいなら、してやればいいじゃないか」

 シェリーは思い切りランディの素足を踏んだ。

「いって――っ!」

 あまりの痛さにランディは涙目になった。

「あんたは友達でしょうが! あたしじゃどうしようもないの。あたしにはこうやってこうするしかないの!」

 追い打ちをかけるように、シェリーはさらに力を込めて踏みにじる。ランディは声なき叫び声をあげた。

「……っかったよ……姉上様……っ」

 脂汗を流しながら、ようやくその言葉が出た。

 

 ミルイヒは供された朝食を食べ終えた。自分の家の朝食よりはるかに豪華なもので、少し食べ過ぎた感がある。食後のお茶を飲み、ため息をついた。殿下にあんなひどいことをしても、いつものようにお腹は減るものなのだな……。

 フェイス家の食堂は広い。そこにたったひとりでいるものだから、さらに広く感じられた。しかし、庶民的なあたたかみがある。フェイス家の家族団欒の光景が目に浮かぶようで、ミルイヒはせつない気分になった。

 ミルイヒの家――セイデーズ家の食卓はいつもひんやりとしている。

 両親が生きていたときは、常に言いしれぬ緊張感が漂っていたし、両親とも亡くなり、ミルイヒが公爵となってからは、たったひとりで食事をとっている。執事のヘイデンは、いくらミルイヒが相伴をお願いしても、決して首を縦に振ることはない。主従の間ははっきりさせておかねばなりませぬ、とかなんとか、堅苦しいことを述べるのだ。そんな風であるから、人恋しさに、士官食堂で食事をとりがちになる。

 後ろで、人が入ってくる気配がした。ミルイヒは緊張した。おそらくランディだ。

 寝起きの格好のランディは何も言わず、長テーブルの一番端の席に着いた。ミルイヒから一番離れている席である。

 ミルイヒは恐る恐る、首を動かさずに目だけをランディに向けた。ランディは無表情で、まっすぐに壁を見つめているようだった。何を考えているのかはさっぱり読みとれない。まだ、怒っているのだろうか? 当然そうだろうな……。

 ミルイヒはテーブルクロスをぎゅっとつかんだ。何か言わなければ……しかし、何を言っていいのかわからない。

 唇を噛んだ。なぜ、何も言えないんだ? ただ一言、謝ればいいだけの話じゃないか。それだけのことなのに、死んだ貝のように口が動かない。わたしは何を恐れているんだ? もはや失うものなんて何もないのに……。

 沈黙と苦悩のうちに時が流れていくと思われたとき、それをうち破ったのはランディの方だった。

「……気づかない方がよかったか?」

「え?」

 ミルイヒは驚いて、ランディを振り返った。

 ランディは壁の方を見つめたままである。いや、壁を見ているのではなく、その向こうを透かし見ているかのようだ。

 しばらくして、躊躇うように再び口を開いた。

「おまえが俺にあんなこと言うのは、初めてだったな……。結構長い付き合いだけど、喧嘩なんて今が初めてじゃないけど」

 そこはかとなく、うれしさがにじんでいる口調である。

 ミルイヒは目を見開き、ランディを見つめた。まだ、こちらを向かない。

「初めて……本音を聞いた気がした」

 また、ぽつりと言った。

 ミルイヒは目をしばたいた。ランディはうつむいた。

「……おい、まだ言わせる気か?」

 ミルイヒは首を傾げる。

「え?」

「……」

「何?」

 ランディはうつむいたまま、寝癖頭を掻く。

「もしかして、俺をいじめてんの?」

 ミルイヒは目をしばたく。

「何で?」

 ランディはようやくこちらを見た。が、すぐに目をそらした。

「ちょっと……うれしかったんだよ」

 ミルイヒは目をしばたく。

「あんなこと言われて?」

「おい……それじゃまるで、いじめられるのが好きみたいじゃないか」

 ランディは眉をひそめてミルイヒを見た。

「なら……はっきり言えよ」

 ミルイヒはわずかに苛立ちを含んだ口調で言った。

 ランディはミルイヒから目をそらし、何度も口を開きかけては唇を舐めていたが、大きく空気を吸い込んで、意を決したようにミルイヒを見つめた。ミルイヒは息を呑んで、真摯な瞳を受け止めた。

「おまえがようやく心を開いてくれたようで、うれしかったんだ」

 ミルイヒは大きく目を見開いた。

 ランディはかまわず続ける。

「そりゃあ、あんな風に思われていただなんてショックだったけど、本音をぶつけられて、ああ、俺はやっと本当の友人として認められたのかなぁって。……誰しも他人に対して少なからず不満はあるわけであって、それはもう人と付き合っている限り、どうしようもないことなんだと思う。それを吐露することによって相手も自分も何かが変わる。それは大きな結びつきになるかもしれないし、永久的な破局になるかもしれない。しかし、何も言わなければ無難なままの関係だ。俺はそういうのが嫌なんだ……」

 と言うと、顔を真っ赤にして、うつむいてしまった。

 「本当の友人」という言葉が、ゆっくりとミルイヒに近づいてきて、ミルイヒの心に溶け込むように収まった。しばらくして、ほのかなあたたかみがじんわりと心に広がる。

 ミルイヒは目を細めて、いとおしむようにランディを見、

「おまえ……」

 おもむろに口を開き、

「おまえ、素面でよくそんな恥ずかしいことが言えるなぁ」

 ランディは勢いよく顔を上げた。その顔はさらに紅潮している。

「バカ! おまえが言えって言ったから、言ったんじゃないか。ちょっとは察しろよ。あんなこと……女にも言ったことないぞ。それなのに、おまえってば、顔色ひとつ変えずに聞いてるんだからな。俺だけが恥ずかしいじゃないか」

「顔を赤らめ合っている男同士というのは、それこそ端から見たら恥ずかしいぞ? まあ、女を口説いて狼狽するおまえじゃないものな。ありがたい言葉を拝聴した」

 と、ミルイヒはからかい調子で微笑んだ。ランディはミルイヒのその様子を見て、口を尖らせた。

「……おい、なんかちょっと違うんじゃないか? なんで俺があんなこっぱずかしいことまで言って、おまえの機嫌を取らなければならないんだ? ん? おまえも何か言えよ。言うことがあって来たんだろう?」

 ミルイヒは目をしばたき、まだ謝罪していなかったことに気づいた。

「……すまない。わたしが悪かった。あれがわたしの本心でなかったとは否定しない。しかし、言うべきことではなかった……。どうかしていたんだ。――こんなわたしでも許してくれるか?」

 驚くほどに、すらすらと言葉が出た。

「許すも何も……はなから何もなかったさ。俺はおまえに優越感なんて持っていない。単なるおまえの被害妄想さ」

 と、ふてくされたようにランディは言う。

「俺は……俺の方こそ、おまえに劣等感があるかもしれない」

 ミルイヒは目をしばたかせた。わたしに劣等感だって!?

「俺には無意識的に女を落とすなんて芸当、できないからな」

 その言葉に戸惑うミルイヒを見て、ランディは面白がるように笑った。

 ミルイヒは眉をひそめた。また、わたしをからかって……。しかし、不快なものではない。

「おまえって、いい奴だなぁ……」

 ミルイヒはまぶしそうにランディを見た。

「バカ。何言ってんだよ。おまえこそ、恥ずかしいことを真顔で言うなよ」

 ランディは頬を赤く染めた。ミルイヒは微笑んだ。

 ランディは本当にいい奴だ。自分にはもったいないくらいの奴だ。ランディの潔さ、寛容さが自分にもあったらどんなにいいだろうか。

 やはり、この劣等感は消せやしない。しかし、それは今まで持っていたものとは違うもののような気がする。「劣等感」という言葉が合わないような気がする。

「ところで、こんな朝っぱらからどうしたんだ? わざわざ俺をからかいに来ただけって事はないんだろ?」

 ランディはあくびをしながら言った。

 ミルイヒは我に返り、顔を青くさせた。そうだった。もっと重大なことがあったのだ。

 ミルイヒは唇を舐めた。

「実は、エルネラ殿下と寝てしまったらしい……」

 ランディはすっかり目が覚めたような顔をし、口をだらしなくぽかんと開けた。それから口の中でその事実を小さく反芻し、顔をぱっと輝かせた。

「遂にやったか! おまえも思いきったなぁ。うんうん……ん? 『らしい』ってのはなんだ?」

 ミルイヒは蒼白な顔に気まずさを加え、躊躇いがちに言った。

「覚えて……いないんだ」

 ランディは目をしばたかせ、引きつった笑みを浮かべた。

「何? 例によって……」

 ミルイヒはうなずき、遠くを見るような目をした。

「おそらく……紅茶の中にブランデーか何か入っていたのだろうな。気づかずに飲んでしまった」

 眼裏《まなうら》に光景が浮かび上がってくる……。

 薄い水の膜が張られた碧玉――怯えに潤んだ瞳は鮮やかに輝き、やけに大きく見えた。エルネラは終始ミルイヒを避け、ほっそりとした身体を小さく震わせていた。その姿には剣を合わせたときの勇ましさは微塵もなく、張りつめた空気に押しつぶされそうな、はかなさしかなかった。

 ――それを無理矢理……。

 ミルイヒは頭を抱え、テーブルに突っ伏した。停止していた思考が怒濤のようにあふれてきた。目眩がする。吐き気がする。凄まじい自己嫌悪の波にさらわれ、なぶられる。

「ああ、なんてことだ! わたしはもうおしまいだ! 嫌がる殿下を無理強いするなんて……! この浅ましい想いを抑えつけておくことができなかったなんて……! こんなの騎士がするようなことじゃない。もう陛下に顔向けできない。ああ……」

 それは痛切な叫びだった。

 ランディは、後悔に苛まれるミルイヒを哀れむように見た。それが己がことであるとばかりに、痛みを堪えるような顔をしている。

「おい、なんだよ。殿下は本当に嫌がっていたのか? おまえ、本当に抱いたかどうかも覚えていないんだろう?」

 ミルイヒはごくりと唾を呑み、ゆっくりと、だが明確にうなずいた。

 何も覚えてはいない。誰かの企みで、あの紅茶に睡眠薬が入っていて、何もないままエルネラの隣に転がされていた、というのならどれだけよいだろう。

 しかし……

「確かな証拠がある」

 ミルイヒは袖を肩までめくりあげた。

 ランディは息を呑んだ。ミルイヒの二の腕には、無惨な引っ掻き傷がみみず腫れとなっていくつもあったのだ。

「服を着るときには、動転していて気づかなかったのだが、落ち着いたら痛み出して……背中はもっとひどいようだ。どうだ? これでもまだ、無理強いで抱いてないと言えるか?」

 泣き笑いにも似た顔で言った。

 ランディは眉をひそめながら、考え込むようにその傷跡を見た。

「……ふーむ。無理強い、ね。しかし、殿下はおまえを好いているんだぞ?」

「何をバカな。そんなの、慰めにもならないぞ」

 ミルイヒは吐き捨てるように言い、素早く袖を元に戻した。

「いや、本当の話だ。殿下はおまえが好きなんだ」

 至極真面目な顔で言うランディに、ミルイヒは吹き出してしまいそうだった。だが、かすかな笑いを含んだため息がもれただけだった。

「それならば、どうして婚約の破棄を? 決闘までして」

「そこら辺が微妙な乙女心というやつさ。決闘に関しては、おまえは何も言えないはずだぞ? あんな手抜きをしてからに」

 ミルイヒは唇を噛んで笑みを消した。その点は今、重々反省している。

 しかし、エルネラは明らかに自分を嫌っている素振りをしていたのだ。勝つわけにはいかなかった。力でねじ伏せるようなことは好きではない。

 ――わたしを好きなわけなんて、ないんだから……。

 百歩譲って、エルネラが自分のことを好きだとしたら、抱かれてこのような傷を自分に与えるわけがないではないか。そのあとに、別れの言葉を言うはずがないではないか。

「殿下を抱いてしまったという事実は事実だ。そこら辺の貴族娘とは違うんだ。これは大罪だ。不義密通だ」

 舌先から滑り出ているような言葉である。自分が言っているとは思えない。

 エルネラを抱いたことに、最初に奪ったのは自分だということに、満足する自分が心の奥に潜んでいる。素面であったらどれだけよかっただろう、などと思う自分がいる。

 ミルイヒは愕然となった。どうしてそんなことを思うのだろう? ひどく自分が恐ろしくなった。それがきっとあのような汚らわしい行動へと走らせたに違いない。

 ランディはミルイヒの深刻ぶりにあきれたようにため息をついた。

「そう思い悩むなって。陛下に知られたとしても怒らないだろうよ。むしろ喜ぶかもしれないぞ」

「陛下はそうだとしても、殿下はどうなんだ? 絶対にわたしを許さないさ。そういう顔をしていた。わたしのために守っていた(みさお)じゃない。……そうだ、あの男のためだ!」

 ミルイヒはヒステリックに叫んだ。またぞろ、燃えるような嫉妬がわき起こった。エルネラの身体を奪っても、心はあの黒髪の青年のものなのだ。

 ランディはミルイヒの顔と声調に驚き、眉をひそめた。

「前にも言っていたな。『あの男』って誰だ?」

 ミルイヒは眉間にしわを寄せ、一瞬躊躇い、忌々しげに言った。

「……切り裂き魔」

「切り裂き魔ぁ!?」

 ランディは身を乗り出し、裏返った声を出した。

「そうだ。殿下はお気づきになってないらしいが、殿下が愛する男は切り裂き魔なんだ。わたしはあの夜……見てしまったんだ。『後宮の庭』で語らう二人を」

 ランディは大きく息を吸い込み、口をぱくぱくとさせてから、

「……おまえ、それを殿下に言ったのか?」

 ミルイヒは弱々しく首を振った。

「そのことを言うために殿下に会いに行ったんだが……逆にわたしの方が危険な存在になってしまったわけだ」

 ふっと自嘲気味に笑った。

「それじゃあ、まだ言ってないんだな?」

 ミルイヒは暗い顔でうなずいた。

 ランディはうつむいているミルイヒの顔を無理矢理上げさせた。ミルイヒは不安そうに目をしばたかせた。ランディは厳しい顔をしている。

「なぜ早く言わなかったんだ!? これは殿下一人の問題じゃないぞ。切り裂き魔が王城の最奥にある『後宮の庭』に出入りしてるって事は一大事だ。いつ陛下の身が危険にさらされるかわからんぞ!?」

 ミルイヒははっと目を見開いた。

 なんてことだ! なぜそのことに気づかなかったんだろう。嫉妬にとらわれ、エルネラに心奪われ、自分の本当の職務を忘れていた。どうしてこうも愚かさが続くのだろう。

 ミルイヒは気まずい顔で、震える唇をきつく噛んだ。ランディの顔をまともに見れない。消えてしまいたい。どうしてこうまで親友を失望させなければならないのだ?

「わたしは近衛失格だ……」

 ランディはため息をついた。ミルイヒの自己嫌悪ぶりに辟易した様子である。

「まだ……まだ、間に合う。すぐに登城しよう!」

「ちょっと待て!」

 ミルイヒはさらに青くなり、立ち上がりかけたランディの腕をつかんだ。

「陛下になんて言うつもりなんだ? わたしが『後宮の庭』で見た、なんて言う気じゃないだろうな? 陛下より先に殿下だ」

「おいおい。おまえの話では殿下はその切り裂き魔を好きなんだろ? そんな話を信じるとでも思っているのか?」

 ミルイヒは唇を噛んだ。血がにじむ。

「おそらく……信じないだろうな。わたしだとてそれはわかっている。だからこそ、言い出しにくかったんだ」

「しかし……」

「言わなければならない。殿下の口から、王城に切り裂き魔が入り込んでいるということをおっしゃってもらわなければ」

 口を真一文字に引き結んで、ミルイヒはランディを見つめた。

「わたしの代わりに殿下に言ってくれ」

 ランディの顔が引きつった。

「な、なんで俺が!?」

「あんな事のあとで、殿下に会えるわけがないじゃないか。それに、殿下は……」

 ――さよなら。

 と、何も映していないかのような瞳で言った。あんなことを言われて、臆面もなく会えるはずがない。

 ランディは腕を組んでうなった。何かに葛藤しているようである。おそらく、国王に忍び寄る危機への不安と、エルネラと顔を合わせることへの嫌悪とにだ。

 しかし、どちらがより重いか、明白なはずだった。

 ランディはこれ見よがしに大きくため息をついた。

「わかったよ。会ってくるよ。これは貸しだぞ!」

 

 ミルイヒは落ち着かぬ様子で、「昼寝の庭」の噴水のそばにある鉄蓋を眺めていた。

 太陽はだいぶ高くなり、そろそろ出仕の時間になろうとしている。

 遅すぎる。

 話し合いは難航しているのだろうか? そうかもしれない。にわかには信じがたい話だ。

 しかし、黒髪の青年が切り裂き魔であることは事実だ。エルネラも王女の端くれならば、斬り殺された無辜の民のこと、月夜もおちおち歩けぬと怯える王都の人々のことを考えてくれるだろう。また、ランディならば、うまく説得できるはずだ。

 噴水の縁に腰掛けて、噴水の池の濁った水を眺めながらため息をついたとき、鉄蓋が勢いよく開いた。ミルイヒは立ち上がった。

「どうだった?」

 身軽に穴から這い出たランディの顔は、心なしか青ざめている。ランディはミルイヒに相対し、不意にミルイヒの両肩を揺さぶるようにつかんだ。ミルイヒはその強さに眉をひそめた。

「いいか、気を確かに聞けよ」

 ランディの気迫に気圧されつつ、ミルイヒは戸惑い顔でうなずいた。

「エルネラ殿下が……失踪した」

 ミルイヒは一瞬、その言葉を理解することができなかった。強ばった顔で聞き返す。

「え……?」

「ディアンが今朝、殿下の私室に行ったらもぬけの殻で、置き手紙があったそうだ。それにはこう書かれていた。『もう二度と帰らない』と」

 ミルイヒは血の気が引けるのを感じた。膝ががくがくと震え、ランディに支えてもらっていなければ立っていられない。

「それって……わたしが……」

 か細い、途切れ途切れの声しか出ない。

 なんてことだ! 殿下が失踪されるなんて! ああ、わたしはそれほどのことをしてしまったのだ。何一つ覚えていないが、わたしがしてしまったことには違いない。

 ――わたしのせいだ!

 ミルイヒを現世へと引き戻すかのように、ランディはミルイヒの肩を強く揺すった。

「おまえのせいとは決まっていない!」

 ミルイヒは大きく息を吸い込んだ。

「だがっ! 現に殿下は消えてしまった。わたしと寝たそのすぐあとに! どうしてわたしのせいではないと言い切れるんだ!?」

 肩からランディの手をはずし、うつむいて首を振った。

「好きでもない男に処女を奪われたんだ。普通の女ならば泣き叫んでいるところだ。それなのに殿下は毅然としてわたしから去っていった――もっとも、泣き叫び疲れて吹っ切れたのかもしれないが。そのまま自殺してしまうことだってあり得る」

 ランディはうんざりしたようにため息をついた。

「また変な方向に考える。殿下はそんなことで自殺するような気の弱い人じゃないよ。だいいち、あの人はおまえを愛していたんだ」

 ミルイヒは激しく首を振った。

 何をバカな! もっと気の利いたことが言えないのか?

「信じられないか? そうかもな。俺がこんな事を言ってもおまえは信じないだろう。だから俺は今まで何も言わなかったんだ。恋人同士でさえ、相手が本当に自分を愛しているのか不安なものさ」

「……」

「自分で確かめてみろ」

「確か……める?」

 ミルイヒはかすれた声で言った。

 ランディはうなずいた。

「おまえの本心をエルネラ殿下に言うんだ」

 ミルイヒは目を見開き、恐ろしいものでも見るようにランディを見、

「そんなこと……できない。わたしにはそんな資格がない」

 と、弱々しく首を振った。

 今さら、愛の告白をしてどうなるというのだ。あんなことをしておいて、愛の告白をするだなんて、おかしな話だ。自制心のない男だと思われるのが落ちである。

 だが、そのように臆病になっている自分が嫌でもあった。男らしくないと思う。覚悟が足りないと思う。

 あそこまでしたら、開き直るべきだったのだ。ふんじばって、さらってしまえばよかった。失踪されるよりずっとましである。猿ぐつわを噛ませ、縛り上げたエルネラを担いで家に帰ったら、ヘイデンはいったいどんな顔をしただろうか。

 ミルイヒは密かに失笑した。

 できないとわかっているから、そんなことを考えられる。

 今、考えるべきことは、そのようなことではない。今、考えるべきこと……今、なすべきこと……。

 ランディはため息をついた。

「……わかった。おまえがそう言うのなら仕方ない。しかし、自分を責めるのはやめろ。それよりも殿下を捜すことに全力をあげるんだ! ――俺は陛下に直接このことを言ってくる。安心しろ。おまえのことは何も言わない。王女が家出なんて、これほど対面の悪い話はないからな。殿下の名誉のために俺は嘘をつく。つまり、切り裂き魔が殿下を誘拐したとでっち上げる」

「それは……変じゃないのか? 切り裂き魔が誘拐だなんて」

「俺もそう思うが仕方ない。殿下を捜し、なおかつ王城の警備を固めるにはこれしか手がない」

「陛下にだけは本当のことを話した方がいいんじゃないのか?」

「う、む……」

「わたしが陛下に言ってこよう」

 ランディは驚いた様子でミルイヒを見た。ミルイヒの目には、強い光が宿り始めていた。

「洗いざらい全部話す――後宮に入り込んだことはうまく除いてな」

「全部って……殿下と寝たこともか!?」

 ミルイヒはうなずいた。

「切り裂き魔のことはどうするんだ?」

「その点は殿下と切り離す。王城内で偶然出くわしたという感じで言おう。シナリオはこうだ。殿下と寝たあと、未明、王城を去ろうとしたとき、切り裂き魔と会う。逃げる切り裂き魔を追いかけるが見失ってしまう。とりあえず、王城内に切り裂き魔が入り込んだことを報告しようと王城に戻ると、ディアンから殿下失踪の知らせを受ける――という感じでどうだ?」

 ランディは、驚いたような、感心したような顔でうなずいた。

「よし、俺はディアンと口裏を合わせよう。ディアンには、まだ何も騒ぎ立てるなと言ってある」

「出仕になる前に行動開始だ!」

 ランディはすぐさま鉄蓋の中へ戻っていった。

 ミルイヒはすばやく身を翻し、国王の私室へと急いだ。

 エルネラを見つけること――それが償いになり得るのなら……。

 

 エルネラ失踪は瞬く間に城内の人々に伝わった。しかし、それは事実とはかけ離れたものだった。

 ランディの予想通り、エルネラの家出は国王をひどく憤慨させた。しかし、これもまた予想通りというか、尋常でないと言うべきか、ミルイヒが責められることはなかった。責めてもらった方がどれだけ気が楽かと、ミルイヒは思った。

 結局、エルネラは誘拐されたということになった。なんの要求もないので、身代金目当てではなくエルネラ自身を狙ったもの、となった。しかし、切り裂き魔が王城内に入り込んだことはそのまま伝えられた。

 王都の四大門からエルネラと思しき人物が出ていったという報告はない。エルネラはまだ市中にいる。昼を前にして、エルネラの捜索が始まり、王城の警備は一層強化された。

 そして、緊張感だけが高ぶったままなんの進展もなく、夜を迎えたのだった。

 

 澄み切った空気の中、冴え冴えとした月はほんの少しだけ欠けている己を恥じる風もなく、今夜も我が物顔で夜の空を支配していた。

 しかし、世界を皓々と照らすその淡い光をもってしても、下町の混み込みとした一帯のすべてをさらけ出すことはできなかった。そこは下町の中でも特に治安が悪く、切り裂き魔などさして特異な存在ではないという、忌まわしい場所である。

 切り裂き魔と、そこに住みつく不穏な者たちの大きな違いといえば、その行動範囲と存在であった。切り裂き魔は神出鬼没だが、その者たちにはそこに行けば必ず会えるのだ。

「殿下がこんなところに来るわけがないじゃないか」

「俺だってそう思うさ。しかし、誘拐の線だとここが怪しいってことになったんだから、仕方あるまい。俺たちは平の近衛隊員。上官の命令には逆らえやしない。まったく、こんなところは王都警備隊の管轄だろうに」

「いや、管轄外だろう。警備隊では手が出ない。しかし、ここにいる者たちはここから出ようとはしない。自分たちの戦いに明け暮れている」

「ああ。しかし、侵入する者がいれば徹底的に排除しようとする。現に俺たちだって危ない。さっきからねっちこい視線が背中に刺さってる」

「多勢に無勢だ」

「ふん。怖いのか?」

「そんなに自信があるというのなら、すべておまえに任せることにして、わたしは高みの見物をしていよう」

「おまえって、時々すごぉく意地悪だよな……」

 ミルイヒとランディはふたりきりで暗い路地を歩いていた。カンテラが必要なほど真っ暗ではない。建物と建物のわずかな隙間から洩れる月明かりが、辛うじて助けとなっている。

 月明かりを遮って乱雑にそびえる建物群は、旧市街の遺物である。かつての賑わいが嘘のように、寂寞と不穏が漂って幾久しい。ここではいったい、どれほどの血が流されてきたことだろう? ミルイヒは我知らず、寒そうに腕をさすっていた。

 こんなところにエルネラがいるとは到底思えなかった。ここを抜け出して、エルネラを捜して走り回りたい。しかし、ミルイヒの身は一つであり、任務は任務だ。これ以上、愚かな姿をさらしたくはない。

「ミルイヒ!」

 ランディに言われずとも、ミルイヒにもわかっていた。ミルイヒはすばやく剣を抜いた。

 闇と隔たりを作る月明かりの中に入ったとき、ふたりは八人に囲まれた。八人の方は完全に光の影に入っていて、その姿ははっきりとはわからない。しかし、この地区の人間であることは確かだ。

 八人は無言のまま動き出した。彼らに話し合いという言葉はない。力による排除しかない。彼らはそれぞれの得物を振りかざして、ふたりに肉薄した。

 ミルイヒとランディは背中合わせになり、襲いかかる者たちに応えた。多勢に無勢とはいえ、その力量には歴然とした差があった。

 ランディは剣を合わせるまもなく二人を斬り伏せた。ミルイヒは左手の短剣で第一陣の剣を受け、相手がひるんでいる隙に第二陣としてやってきた男の首を右手の剣で斬った。そして、返す刃で最初の男を斬り伏せた。

 ミルイヒとランディの真っ白な隊服は、あっという間に血に染まった。月光にぬらぬらと光っている。

 残る四人はこれはできると見たのか、闇雲に襲いかかってきはしなかった。少し間合いを取り、慎重に回り込もうとじりじりと横歩きを始めた。

 ランディは鼻を鳴らした。

「来ないならこっちからいくぜ!」

 ランディは四人のうちの一人に斬りかかった。

 同じくミルイヒもそうしようと一歩踏み出しかけた――その時、ミルイヒの視界に人影が入ってきた。

 ミルイヒは息を呑んだ。

 もう一つ向こうの月明かりの帯の中に入ってきた人物――見間違えようはずもなかった。

 ――黒髪の青年。

 青年はこちらにちらりと目を向けると、さっと身を翻して暗い路地の中へと消えていった。

 ミルイヒは目の前の襲撃者たちには目もくれず、青年の消えた方に走り出していた。

 しかし、ランディの相手をしていないふたりの襲撃者は、ミルイヒのあとを追った。ミルイヒは舌打ち一つ、そのふたりを迎え撃った。あっという間に斬り伏せると、すぐさま路地の中に入った。

 三十歩ほど向こうに青年の後ろ姿が見えた。ミルイヒは叫んだ。

「待ってくれ! デュー殿」

 と言ってから、犯罪者に対して「殿」を付けるのはいかがなものかと思われた。しかし、青年には侵しがたい神秘性と気高さがあり、それが青年に対して敬語を使わせていたのである。

 青年は肩越しに妖艶な笑みをミルイヒに送ると、かまわず右の路地に消えた。

 ミルイヒはすぐさまあとを追った。路地を曲がると、青年はすでに五十歩先を歩いていた。走った風はないというのに。

「待て!」

 青年はようやく足を止め、物静かに振り返った。

「貴殿もしつこいね」

 青年はため息混じりに微笑んだ。月明かりに照らし出されるその顔には、この血塗られた地と、王都を震撼させている切り裂き魔に似つかわしくない優しさに満ちている。

 ミルイヒは何も考えずに青年を追ってきてしまったが、驚いたことに、以前のような恐怖感はまったくなかった。威圧的な目に魅入られることも、怯えさせられることもない。

 だが、冷静ではなかった。煮えたぎるような血が身体中を巡り、心はどす黒く甘美な炎に包まれていた。

「エルネラを捜さなくていいの?」

 青年は首をわずかに傾げて訊いた。

「心配しなくとも、他の兵士が殿下を見つけてくれることでしょう」

 ミルイヒは剣の血糊を純白のマントで拭き取った。剣は再び輝きを取り戻す。

「しかし、あなたと剣を交えるのはこのわたしです。それは誰にも譲れない」

 ミルイヒは剣を構えた。

 青年は肩をすくめた。

「前にも言ったはずだ。貴殿とは剣を交える気はない、と」

「ならば、抜かせるのみ」

 ミルイヒは斬りかかった。その剣を青年はさっとよける。まるで空気のように。

「乱暴だな。……仕方ない」

 青年は鞘を抜き払わずに剣を構えた。

 ミルイヒの顔にかっと血の気が上った。

「わたしを愚弄するのですか!?」

 青年は困ったような笑みを浮かべた。

「そう言われてもね……いくらわたしでもエルネラを悲しませるようなことはしたくない」

 その言葉は優しく響いた。その響きに猛烈な感情がかき立てられ、ミルイヒは再び斬りかかった。青年はそれを軽くいなした。

「感情的になったら負けだよ。わたしに勝ちたいと思うのなら、心の中を空っぽにすることだ」

 ミルイヒはその言葉にもかっとなり、奥歯を噛みしめた。青年の言うとおりである。しかし、その指摘も忌々しいことであった。

 どうしてもこの男が憎いのである。その感情は抑えつけられない。それに、もし抑えることができたとしたら、たちまち青年の魔力に囚われることは間違いない。

 ミルイヒは剣を繰り出した。しかし、ことごとく受け流された。その流しは実に巧みで、打ち込みをしているような気がしなかった。

「そんなことはわかっていますとも! しかし、あなたが憎いんです。殿下に愛されるあなたが! 怒濤のようにあふれ出るこの感情を、どうして抑えつけることができるというのです!?」

 ミルイヒは感情の高ぶりのままに、心の内を吐露していた。

 青年はふっと吹き出し、顔をほころばせた。

「なんだ。貴殿はわたしに嫉妬していたのかい? それはお門違いというものさ。……冷静な男かと思っていたが、わたしの見込み違いだったか。これだから恋というものは……」

 ミルイヒはその言葉を遮るように剣を繰り出した。青年は優雅なまでに軽々と受ける。受けるだけで、攻撃してこようとはしない。

 わたしだって知らなかった。こんなにも自分が感情的になれるなんて。ランディとの喧嘩の時もそうだ。わたしはどうしてしまったのだろう? こんなにも心をかき乱すなんて! わたしはもっと冷静な人間だったはずだ。

 青年の美しい顔には汗一つないというのに、ミルイヒは肩で息をしていた。

「またしても失望したな。貴殿はもっとできる男かと思っていた。この程度なのかい?」

 ミルイヒはきしむほどに歯を食いしばり、渾身の突きを入れた。青年は難なく受け流し、しまいには剣をからめ取った。剣は涼しげな音を立てて石畳に落ちた。

「こんな乱暴なことは好きじゃないんだけど……」

 落ちた剣を素早く拾おうとするミルイヒの脇腹に、青年は鋭い蹴りを入れた。その衝撃に一瞬呼吸が止まり、ミルイヒはうめいて地面に突っ伏した。起きあがる間もなく、青年はミルイヒの背中に片膝をつき、左腕を背中に回した。ミルイヒは眉間にしわを寄せて、うめき声を出した。

「やれやれ……これでゆっくりと話ができる」

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