面会人が来ているという。
「花婿のことで話があると申しております」
兵は無表情にそう告げた。軽く一礼をすると去ってゆく。ザハトはそれを好ましい態度だと思った。盗賊どもではこうはいかぬ。
ゴーサの傭兵たちは優秀だ。なにしろ百年からの歴史がある。軍規の維持と、確固たる目的を定め、それを貫徹するべく力を尽くすことが軍団の強力さを支えることを知っている。
軍団は先のアンケヌ攻略戦でも目覚ましい働きを見せてくれた。
それに比べて盗賊どもと来たら……未だに民家に押し入っている者があると聞く。
ハダクは
馬鹿どもが悪業を重ねれば、それだけこちらには都合がよい面もある。住民は解放者を望むものだからだ。
ゴーサ歴代の将はすべて、実力でその立場を勝ち取ってきた者たちである。徹底した能力主義が採用されており、九人居る副将すべての賛同がなければ、将として立つことは出来ない。
現在の将はフブルヤギ。その強力な統率力で知られる名将である。
アンケヌ攻略を受け持ったのは副将の一人、ギドゥである。
彼はフブルヤギの
すらりとした体型ながら戦士としての力量は確かで、その点彼の伯父には似ていないと言える。
フブルヤギは自らの武力ではなく、自軍を勝利に導くことでもって指導者になった男である。彼の旗の下には常に勝利と栄光があるのだ。
これは極めて重要な点だが――ゴーサには報酬を支払った方がいい。そうすれば何の問題もなく彼らを排除することが出来る。
現状の問題は、ゴーサに支払うだけの富が無いということだ。
利益は欲しいが損失は御免だという、都合の良い理窟にザハトも与しているわけであった。
「お初にお目にかかります。私はローゼンディア人の商人でヒスメネスと申す者です。王にはご機嫌およろしゅう」
先日ダーシュの様子を見に行った折に同席していたローゼンディア人である。
――お初に、王に、か……。
ヒスメネスの背後にはゴーサの兵が立っている。それを意識しての発言だろうが、ゴーサの兵は口が堅い。余計なことは言わぬ。
とはいえこの男の用心深さは気に入った。今回が
王に、というのは悪くない。悪くない気分だった。
「まずは
「いえ、私はカサントスの出身ですので問題はありません」
「カサントス? 確かナバラ砂漠の北方だったな」
「はい。カプリアの東でございます」
「おお、あの豊かなるカプリアの隣か。聞くところによれば岩と
ヒスメネスは
「はい。貧しい土地でございます」
「貧しさならこのナバラ砂漠も変わらぬ。
「
二人は向き合って坐った。戸口、と言っても扉は無いが、その左右には
「それで今日は何の用だ」
「申し上げましたように花婿のことでお話がございます」
「花婿?」
ザハトは敢えて聞き返した。大げさに驚いた顔までしてみせた。
「ええ。花婿のことでございます」
何でもないようにヒスメネスは頷いた。ダーシュの名前を出さない。やはり用心深い。
「その花婿がどうしたのかな?」
「はい。実は少々困っておりまして……」
ヒスメネスの話はある面予想通りであり、またある面では予想を超える内容であった。
ダーシュが
先王が、あの男が許可を出さなかったこと、のらりくらりと逃げようとしたことは察しがつく。何を考えていたかは簡単に判ることだった。
しかしあの簒奪者も今や冥界に住まう身だ。今となっては奴のことなどどうでも良いことではあった。
いや、良くはない。正すべきは正し後世に真実を伝えなければならぬ。
あの簒奪者を王と呼ぶことなど決して
「このまま彼を夫として迎えて良いものかどうか、
「で、私にどうして欲しいのだ?」
単刀直入に尋ねた。つまらん遣り取りに明け暮れる気はなかった。この男は頭がいい。
「私どもは異国の商人でございます。出来るだけ
「外国人らしい
勝手なものだと思った。だがそう言うように仕向けたのは自分である。
「申し訳ございません」
「
「しかし……アンケヌはどうなってしまうのでしょうか」
「市中に盗賊が
「失礼致します」
女官の声がかかった。召使いが酒と食事を
「昼はまだであろう。済ませていくがいい」
「有り難き幸せに存じます」
召使いたちが去ると、ザハトは酒と食事に手を付け始めた。見ているとザハトが最初の一口を味わってからヒスメネスは手を付けた。アウラシールの作法に通じているというわけだった。
「夫としてどうかと言ったな。女の方はどうなのだ?」
ザハトは話を戻した。
「私の見るところ、それほど嫌がってはいないようです」
「ほう……」
それは意外な話だった。ローゼンディアの女は気が強く、
我々砂漠の男たちと
従順で美しく、男に喜びを与える女を好むのだ。なればこそ財を支払って家に置く価値があるというものだ。
不思議なのは女に好きにさせているように見えるローゼンディアの男たちが、腰抜けでもなければ頭が悪いわけでもないということだ。これはまったく理解に苦しむことであるが、おそらく宗教の違いということなのだろう。
「ローゼンディアの女と合うとは思えぬがな」
「私もそう考えていたのですが……」
「
だとすれば少々
「はい。仲が良いと言ってよろしいと思います」
「ほう……それでお前は二人が結婚するのに反対というわけか?」
ザハトは
この男もそんな話のために来たわけではない。
「まあいい。お前たちの事情はどうでもいい」
問題なのはこの自分の事情なのだ。
「私の見るところ現状は長くは続かぬ」
「と申されますと?」
「今は二人の王がこの都市に居る、ということだ」
ハダクと、ギドゥのことを言ったつもりだった。
「彼らは王にはなりません」
その言葉に、ザハトはただ
「そうか」
ならぬ、と来たか……。
あの二人の意思を知ってるわけでもあるまいに。特にハダクは、もう自分が王になったつもりでいる。愚かな話だ。
「外征の兵は国に帰る者ですし、盗賊が
「それで俺のところに来たというわけだな」
「はい」
「それは俺の側に付く、ということと受け取って良いのだな?」
「
「俺はまだ王ではない」
今度は、ヒスメネスが凄味のある笑みで意を表した。
「ですからこそあなた様なのです」
なるほど。そういうわけか。
このザハトが王になるためならば、自分たちが力を貸すということか。
ダーシュを切るということか。いい覚悟だと思った。
いや覚悟ではない。単に無知なだけだ。
「
「お前の店はローゼンディア商人の中でも大きなものであったな」
ダーシュの様子を見に行った後、すぐに調べたのだ。メルサリス家はカプリアに本拠を置く大商人であり、アンケヌに支店を持つローゼンディア人の中でも大手の一つだった。
「今のところそう言われておるようでございます」
「更に大きくするか」
「さあ……それは」
ヒスメネスは
「このアンケヌは交易によって栄えてきた都市だ。商人を大切にしない王など、王ではない」
「その通りでございます」
「兵は何も生まず、盗賊は奪うだけだ。商人にとっては王こそが有り難いというわけだな」
「
「解った。悪いようにはしない」
ザハトは
この男が自分で言うように、本当に
「後で契約の
「ありがとう存じまする」
ヒスメネスは深く頭を下げた。