兵の配置、部隊の構成員を決めた。
見張りも置いた。少年である。マイアスという名であり、ヨルスの孫である。
本人は兵になることを望んだが、年齢がそれに満たなかった。
目がよい。そして利発な子供である。
鉦はただ叩けばいいわけではない。状況に応じて、幾種類もの叩き方がある。
地上にいるグレシオスやメグレイスがそれを聞き、判断するためだ。
「任せるぞ」
グレシオスが言うと、しっかりと
危ないと感じたら、
このような子供まで駆り出さねばならぬのが、心苦しかった。
残っていた仕事を片附けると、村人全員、少し早めの夕食を
静かな
兵になる者は全て神殿に集まっていた。夕食も、神殿隣にあるメグレイス達の
食事をしながら戦い方の流れを確認し、起きそうな事態を想定して討論を交わしていたのである。
もっとも、討論といってもグレシオスとタデアスが話すことを、村人達が一方的に聞いているだけだったが。
質問をしてくるのは、イドナとアルテーアだけであった。
何であれ質問は有用である。アルテーアの質問が切っかけになり、新たな
薄くとはいえ雪が積っている。その下に隠れるようにすれば、夕方以降であればほとんど気付くまいということだが、無論それは人間の視力を前提とした話である。ジャグルであれば判らない。
とはいえ奴らは突進してきているはずである。
綱に気付いたとしても、十分有効ではないかと考えられた。
食事は昼に比べると質素なものであった。
村の倉庫を開くよう命じたので、いくらでも豪勢な食事ができるのだが、この夕食に限っては軽めに済ませるように命じた。この後、戦いが控えているからである。
酒も禁じた。酒は
代わりに各自、干肉などの保存食を持たせた。戦闘の合間に空腹を覚えたら食べられるようにである。無論、安全を確かめてから食うように命じた。
食事が終わるとグレシオスは、兵達と共に神殿の中へと移動した。
本来ならば、メグレイスが中心に立って行なうべきことであるが、グレシオスが取り仕切った。
ヴェルデスの直系の
ゆえに
つまりイスターリス神殿の主教は別に存在するが、セウェルス宗家の人間はそれと同格、あるいはより以上の存在として、信徒に認識されているのである。
主教というのは最高位の神官の事であり、イスターリスを始め、各神々について存在する。
これら主教の頂点に立つのが主神ヴァリアの主教であり、それは総大主教と呼ばれる。
現在の総大主教はネヴィアロス二世である。ローゼンディアの全ヴァリア教徒の、頂点に立つ聖者である。
イスターリス神殿に属する者達の中には、グレシオスやヘクトリアスの事を、地上におけるイスターリスの化身と考えている者も少なくない。
イスターリスの信者にとって、セウェルス宗家の人間は、最大の尊敬を払うべき人々だからである。
メグレイスはイスターリス神殿の神官であるから、グレシオスに己が役割を
拝礼が
古代ヴォルグヘル族の作法である。
「イスターリス」
「イスターリス!」
全員がグレシオスに
ほとんどが槍であるが、弓兵は弓を
鎚ならば日常振るい慣れているだろうからである。
ゆえに戦斧は、槍よりも技術を要する武器ではあるのだが、
古代においては、戦いの前には
最後にグレシオスが一人一人に祝福を与えて、儀式は終わった。
あとは敵を待つだけである。
戦いが終わるまでは、
兵達も一緒である。この人数が集まると、メグレイスの館では少々
幾人かは神殿の方へと移動したり、門の見回りに行ったりと、ある程度の出入りがあるので、それで我慢してもらうほか無い。
ジャグルが襲来した時に、即座に広場に集まることができる状態であればいいのだ。
これだけの人数が集まりながら、会話らしい会話がまるで生じない。
誰もが緊張していたが、さすがにメグレイスはいつもどおりの様子で、村人の質問に答えたり、火の
いつもどおりの状態を崩さなかったのはグレシオスとタデアス、そしてメグレイスの三人だけであっただろう。
ジャグルが現れたのは、夕陽がテラモン大森林へと、沈み込もうとする頃であった。
「現れたか」
「のようですな」
グレシオスとタデアスは
火を囲む兵は皆緊張していた。表情も、肩も
反射的にアルテーアが立ち上がった。武器を取りに走り出ようとした。
「待て。まず様子を見てからと言ったであろう?」
「神官殿は長神官様の指揮に従うという話を、お忘れになったか?」
タデアスも
メグレイスがアルテーアの肩に手を置いた。
「
「うむ。村内に入ってくるジャグル達を各個に始末してもらいたい」
「かしこまりました」
グレシオスは
外に出ると兵達が集結していた。
「みな気を抜くな。これからが
グレシオスは
館からメグレイスが出てきた。やはり大声で指示を飛ばした。兵達が配置につき始めた。
グレシオスはタデアスを連れ、小走りに正門へと向かった。薄く固まった雪を踏んで走る。
正門の前にはあらかじめ立たせておいた者の他に、配置外の兵二人が、槍を持って立っていた。混乱して思わず駆け付けてきたのだろうか。
だがそれ以外の者達も
「お前達は神殿に戻れ!」
タデアスが鋭く言うと、配置外の二人は
グレシオスは
道を歩いてくる集団がある。
夕陽が背後にあるため、ジャグル達の姿は影にならず、よく見えた。
黒目と白目の区別がない、
薄汚い
だが集団が
どれだけ非道な野盗であろうと、この雰囲気は絶対に出せない。
ジャグル達からは人の気配というものが感じられなかった。人ではないのだから当たり前だが、不吉さが尋常ではない。
それは獣の気配に近いが、もっと
「奴ら考えていたよりも足が速いですな」
タデアスが
不意に強烈な
髪も
だが何故か、今は過ぎ去った遠い日に戻ったような気がした。
あの日の空は青かった。透明な、朝の光が辺りを満たしていた。
今は夕陽が、
いや、重大でない戦いなど無いのだ。
敗北は破滅を意味している。戦いとは、そういうものである。
「どうされました?」
「いや……昔の事を思いだしてな」
「はあ」
タデアスには分からないようだった。
「ベルガイアの戦いよ。あの時もな、お前は今と同じ事を言った」
「まことでござりまするか」
「まことだ。判っていて言ったのではないのか?」
タデアスは無言で首を振った。目が真剣である。嘘ではないようだ。
何やら、世の
「……
グレシオスは天を見上げて言った。
「はい」
タデアスは
ジャグル達は
何匹かのジャグルで
「ゴロドの姿が見えませんな」
そうである。小柄なジャグルばかりで、ゴロドの姿がない。
イゴールの姿もなかった。こちらは歩兵戦しか想定していないから、
妙な言い方だが安心した。
これから、殺し合いが始まるというのに。
「大分楽になるな」
「はい」
とはいえ油断するつもりは
己もタデアスも、あとはできる限り冷静に、殺し合いをするだけである。
手慣れた仕事をする職人のように、殺し合いを行なうだけである。例えるならば、靴の具合を見る靴職人のように。
この距離になると、ジャグルの姿を観察できるようになってきた。
予想通りの姿だった。村人には見せられぬ。
腰の周りに、幾つもの首をぶら
棒を
人の腕と見られる肉の
ジャグル達は食糧と一緒にやって来たわけだった。
「タデアス、配置は?」
短く言った。それで通じると思った。
タデアスが身を引いて背後を振り返った。グレシオスはジャグルの群から目を離さない。
「
この兵達には槍を持たせず、刀を持たせてあった。
「二人登らせろ。一人は神殿に戻せ。メグレイスに予定通り動くよう伝えさせろ」
「はっ。デリオスとドーロス、上に登ってくるのだ。ハイゼースは長神官様に予定通りだと伝えに行くのだ」
タデアスが命令を伝えた。ハイゼースの駆け去る音が聞こえ、続いて足場に、人が登る振動が伝わってきた。
デリオスとドーロスが
「これからジャグルが攻めて来る。取りついたものをここで殺す」
グレシオスの言葉に、二人とも緊張した
無論、全てのジャグルを殺せるとは思っていない。
だがそれでいいのだ。この規模の戦闘では、とにかく効率よく敵の数を減らすことが重要である。
「六……九……」
タデアスが小さな声でジャグルを数えている。グレシオスも同じように数えた。
「二十二。弓七」
「二十二。槍九」
二人で確認した。弓と槍の数を引けば、刀ないし
今問題なのは弓である。こちらが放てば、当然射返してくるだろう。
元から門に
「おそらく奴らは
二人に向かってグレシオスは言った。
この状況でジャグルから目を離すのは危険だが、しっかりと念を押すために
気持ちが通じたのだろう。再び、二人はしっかりと
もっともグレシオスが目を離しても、代わりにタデアスが見ているのだが。
「先程も教えたが、ここで食い止めるのが目的ではない。下からは矢も射かけてくるから、決して
グレシオスとタデアスはさらに一拍遅れて、二人の後を追う予定であった。
この門の規模と味方の兵力では、それが限界である。
ある程度戦うといっても、数を
弓兵が先に登ることは、まず考えられないからこそ採れる行動である。
なんとなれば、弓兵は下から味方を
不安といえばそこが不安だが、ある程度戦ってみせる事は、広場にジャグルを引き込む上でも有効であろう。
与えられた状況でどこまで行動できるかは、その時々に瞬間的に決まる面がある。
戦場では特にそうなのだ。
「そしてあまり前に出るな。弓に
「
タデアスも加わって、二人に念を押した。無論タデアスはその間も、ジャグルから目を
デリオスもドーロスも質問はせず、ただ頷くだけだが、その様子に
「大殿、やつら変ですぞ」
ジャグルを監視し続けたまま、タデアスが言った。
「どうした?」
グレシオスは
ジャグル達は足を止め、何やら話し合いながら列を整えている。
前の方、村に向かって立っているジャグルの背後で、動きがある。何か作業をしているようだ。
嫌な予感がした。
「背後で何か組み上げておるようです」
奴らの
前列のジャグルが、盾を前に
「どうせ
答えながらグレシオスは考えた。この距離なら矢は届く。
こちらから手を出してみるべきだろうか?
だが、それが戦端を開く切っかけになるかもしれぬ。
だとしたらそれは良いことなのか。つまり、こちらにとって有利になるかどうか。
このまま何もせずに、ジャグル達に変化が現れるのを待つというのも、一つの手である。
グレシオスに意見を求めてくる者はない。デリオスとドーロスは、そのようなところまで考えが及ばぬからであろうが、タデアスも何も聞いてこない。
おそらくタデアスも又、判断がつかないのだろう。
何もしない、というのは嫌な選択である。動けばいいと言うわけではないが、何もしないのは神経を使う。
――しかし、どのみちこちらが採れる手段など決まっているのだ。
もうすぐ日が沈む。
――こちらから手を出してみるしかあるまい。
グレシオスは決心した。弓を構え、
軽い。
狙いを定めた。弓を引き絞った。呼吸と意識が、体を通して一つに結び合わされてゆく。
心臓の鼓動を感じる。己の心臓の鼓動を。
放った。
左から三列目のジャグルが
そのまま後ろに倒れた。右隣のジャグルが、肩をつかんで起こそうとするが無駄だった。
左のジャグルも
だが混乱は生じなかった。
こちらを見ている。
赤い色石でも
だがそれだけだ。表情というものが感じられない。
仲間が殺されたというのに、ジャグル達は一向気にしていない様子だった。
それともそう見えるだけで、実は怒りや恐れを感じているのだろうか?
どちらなのか判断がつかぬ。
ここからだと距離が遠すぎるというだけでなく、おそらくは種が違うからだろう。表情が読めない。
同じ人間ならばともかく、グレシオスにはジャグル達が何を考えているのか、何を感じているのかが、判らなかった。
「奴ら動きませんな」
「うむ」
「ならばこのまま射続けてやりましょう」
タデアスが、
反撃もせず、ただ突っ立っているだけの敵ほどありがたいものはない。
こちらは淡々と作業するだけでいいのだから。
「
「はい」
タデアスも共に弓を構えた。と、ジャグル達に動きがあった。
列が
代わって
柱の角度は上を向いている。
「なんですかな、あれは」
タデアスが呟いた。
「
得体のしれない大道具は全部で三つある。
柱が梯子になるというのは間違いあるまいが、いまいち判らない。
あの板は何なのか。
と、ジャグル達が板塀の背後に隠れた。それで判った。
あの板は矢避けなのだ。つまり、あれは簡略な攻城具である。
「意外に頭がいいのだな」
「悪知恵が回ると言った方がいいかもしれません」
タデアスも了解したようである。
「あれを
「担げるのだろう」
でなければ作りはしない。
人間ならば台車に乗せるという手を採るだろう。あの重さの物を運ぶにはそれなりの人数が
つまりあの攻城具を用いるには台車が不可欠になる。
だがジャグルはそうではない。奴らはあれを、あの人数で担げるのだろう。驚くべきことだが、ジャグルの怪力からすれば無理ではないのだろう。
ナウロス村に近附くまでは分担で材料を運び、到着してから一気に組み上げたわけだ。
ということは、さすがにあれを長時間持ち運ぶのは無理だということでもある。
連中が取った距離もそれを証明している。ここから連中までは矢が届く。事実一匹射殺せた。そのことを考えても、距離が近すぎるはずなのだ。
その疑問も、今までのことを全て合わせて考えれば納得がいく。
連中はきちんと考えた上で行動している。
戦いの効率を考えているのだ。
そこまで気付くと、グレシオスはぞっとした。背筋を嫌な気配が走った。
あまりある事ではない。何より、戦場では不吉な感触である。
ジャグルと言えば、人の世界の周辺を荒らすしか能のない、薄汚い獣でしかないと思っていた。
その認識は改めなければならないようだ。
ジャグルは人とは異なる、しかし人と同じように考えて行動する存在なのだ。
父祖達の壮絶な戦いの記録へと心が飛んだ。かつての大戦、
己は、今それを体験しようとしているのか。
ぐらり、と攻城具が持ち上がった。ジャグルが内側から支えているのだ。板の下から、汚い足が左右に二列ずつ並んでいるのが見える。
グレシオスの全身が、殺気のようなものを感じ取った。
「来るぞ!」
大声で警告した。