「ぶつかるぞ! 足場の柱につかまれ!」
再び警告し、グレシオス自身も中腰になって柱にしがみついた。
直後に激突。全身に衝撃が叩き込まれた。体が大きく横に流れ、足場からずり落ちそうになる。
両手で柱を押さえて体を戻し、立ち上がった。
そのまま足場の一番奥に早足で向かっていった。その先に攻城具の柱が見えている。
村の正門越しにあの丸木の柱が突き出ている。と、もうジャグルの頭が見えた。
「来るぞ!」
グレシオスは叫んだ。いまだもたついている、デリオスとドーロスのためである。
一瞬の間が生死を分ける。一瞬の判断が流れを変える。考えるよりも早く行動し、行動するよりも早く考えなければならぬ。
グレシオスは別の手近な柱に駆け寄った。
「ぬんっ!」
気合いを込めた一撃をジャグルの首元に叩き込む。
刃が
デリオスの胸に矢が突き立っていた。デリオスは動きを止め、押し殺した
ドーロスはまだ立ち上がっていない。立とうとしてはいるが、遅すぎる。
デリオスはもう助からぬ。
「飛び降りよ!」
耳に届くことを祈りながらドーロスに叫ぶと、グレシオスはそのまま下に、村の側に飛び降りた。全身にリオプの
「むうっ」
少し離れたところにタデアスも着地している。
合図を交わす必要はない。ほぼ同時に動いた。
駆けた。
村の広場に向かって駆けた。
背後は振り返らない。ドーロスがついて来ていることを祈った。
浅い雪を踏んで走る。雪を踏んだ音は耳に届かない。
聞こえるのは己の呼吸と、リオプが鳴る音だけである。
左右に大きな
足元だけは雪の
ジャグルはここまで考えて行動しているのだろうか。
多分、そうであろう。
最初の小屋を超え、神殿の
走りながら矢を射るのは
神殿の横手に駆け込んだ。槍を持った兵達が反射的に身を動かした。しかとは見えぬ。気配と、影である。
篝火は広場の方に設置してあるので、兵は闇の中にいるのだ。
「……来たぞ」
荒い息の下から声を絞り出した。リオプを着込んで高所から飛び降り、そのまま駆けたのだ。
予想していたことではあるが、かなり
「少しお休み下さい」
ヨルスが近くで
何を言う。
そんな余裕などあるものか。
答えようとしたが声にならない。神殿に背を預け大きく呼吸を繰り返した。
「……早くいけ」
何とかそれだけを命じた。ジャグル達の悲鳴と怒声が響き渡った。
こちらも間を置かず突撃しなければならない。
「行かぬか!」
情けない怒声を上げた。声が
命令に従い、兵達は闇の中を広場に向かって移動し始めた。
すぐ近くでタデアスが、同じように息を吐いている。
目が合うと、情けなさそうにタデアスは
二度深呼吸した。気持ちが
それで
戦える。
「参りましょう」
「うむ」
神殿から背を離し、近くに置いてあった槍と盾を手に取った。あらかじめ昼間の内に準備しておいた物である。
広場に出た。
怒号なのか悲鳴なのかすら定かでない
篝火の照り返しを受けて、槍や
腹を突き刺されたジャグルが、自分を
槍を構えた村人を前に、
今のところ有利に展開しているようだが、
思う間に
広場の中で押し込められていたジャグルの群が、解き放たれた。
ばらばらに駆けだしてくる。
「
大声で言いながらグレシオスは槍を構え、ジャグルに向かっていった。
鉈刀を持ったジャグルが迫ってくる。槍を突き出した。振り下ろされる鉈刀と、槍の
荒っぽい
予想外である。
鋭さが無かったのか。それともまだ疲労が残っているのか――そう考えた方が良さそうだった。
とにかくそのまま、グレシオスは右肩からジャグルに当たっていった。
ジャグルの顔に肩がぶつかる。
怪力とはいえ、子供に近い体格である。グレシオスの方が体重がある分、安定しているのである。
ジャグルが転がろうとせずに、そのまま起きあがる気配を感じたので、グレシオスはジャグルが身を起こしかけるのを待ってから、槍を突き刺した。
倒れたところを即座に突くというのも
しかし周囲の状況と、敵の対応によっては、より確実に殺すべく突いた方が、良いからである。
ちょうど上半身を起こしかけたジャグルの首元に、槍の穂先は吸い込まれた。
「ギイイイィーー!」
斜め上から下に向け、気持ち
横手から影が伸びてきた。反射的に槍を離し、
重い衝撃。盾に刃が食い込む手応えを感じた。
ジャグルはそのまま押し込んでくる。
「むっ」
グレシオスは後ろ足を伸ばして体を支え、
「ジャアアア!」
赤い瞳が見上げてくる。篝火の炎に照らされて、まるで紅玉のようだ。
その目玉
ジャグルが
足を動かせる距離になったとみると、蹴りを胸に食らわせた。ジャグルが
だが
走ってくるジャグルの向こうにタデアスが見える。すでに槍を捨て、刀で戦っていた。
穂先が迫る。恐怖が
グレシオスは自ら踏み込むと、体を開くと同時に
幼時から繰り返し修練してきた、槍を刀で制する技法である。
おそらくジャグルには、何が起こったのか判るまい。叔父エウスタスによって、初めてこの技法を示された時がそうだった。グレシオスには何が起こったのか
気が付くと、喉元で刃が止まっていたのだ。
ジャグルの腰から力が抜けた。崩れるようにへたり込むと、それから
辺りに目を配る。背中にも目がある
自分に襲いかかってくるジャグルがいるかどうかを確認した。
いない。今はいない。数瞬のことであろうが、その長さは関係ない。
『間』として『時』を得られるかどうかが重要なのだ。
先に
グレシオスは刀を地面に差し、変わりに手近な槍を拾い上げた。今殺したジャグルの槍である。
手頃な位置のジャグルを見つけた。今にも村人に襲いかからんとしている。その背中
槍は左の
刀を抜いて
ジャグルは村人と槍を交差させている。あれほど注意したにも関わらず、村人は力比べの体勢に
「イーザイッ!」
ジャグルの気を
「ギシャァッ!」
苦痛と驚愕の混じる絶叫をあげ、打ち込まれた刀身を両手でつかんだ。
その途端グレシオスはあっさりと刀から手を放した。
腰の後ろから
刃が骨を削り、肉がぶちぶちと裂ける
ジャグルが、がばっと血を吐いた。体を
「御領主様!」
村人が叫んだ。喜びの叫びである。危険を告げる危機感がない。
つまり注意を知らせたわけではない。今のところは安全だということである。
数えるほどの間ではあろうが。
頭の片隅でそんな風に判断しながら、グレシオスはジャグルを
「あっ、ありがとうございましたっ!」
礼を言う村人を手で制した。見ればダルスである。今年で十七になったか。
「あいつらを助けてやれ」
離れたところで戦っている二人の村人を指差した。
ダルスは
足元は
鼻と胸の内をねっとりと焼くような、あの鉄臭い香りである。
馴染み深い臭いである。
金属の激突する音と怒号が、周囲、
見た感じは、
だが最初に広場に飛び出したときの、全身に水を
広場では殺し合いが続いているし、村のあちこちでも戦いが行なわれている感じはあるが、どれもばらばらな戦闘のようである。
少し戦闘がまばらになってきたようだ。
無論直感的にそう思っただけである。
しかし、戦いは次の段階に移行したと見ていいだろう。
グレシオスは再び周囲を見回した。
この規模の戦闘ではいちいち戦況を判断している余裕はない。ただただ目の前の敵を殺し続けるだけで精一杯なのである。
こうして
当然長い時間は取れないし、正確さも保証できるものではないが、それは勘で
あちこちに倒れているジャグルや、村人の姿が見えた。
数としてはジャグルが優勢であっただろう。だが今は、ほぼ互角と言えるのではないだろうか。
「
タデアスが駆け寄ってきた。全身に返り血を浴びている。己も、人のことは言えないが。
ざっと動いている数に目を走らせる。十はいない。それに対して味方の数は六である。
あちこちに倒れている姿がある。ジャグルの方が多いが、村人も幾人かある。
さらに減らされる前に突撃しなくてはならぬ。
味方が多い内の方が身の安全が高くなるからである。
非情なようであるが、それが戦場の現実というものだ。この規模での戦闘では特にそうである。
逆を言えば、グレシオスやタデアスと一緒に戦えば、村人の安全度も高くなるわけである。
ゆえに、どちらがどちらを利用しているという話ではない。単純に戦力と、そこから想定される戦況推移の結果でしかないのだ。
「無事か?」
「はい」
コートで手の平の血を
タデアスも同じようにした。
嫌になるくらいコートは血まみれであり、胸に描かれたワタリガラスも、まるで
「ゆくぞ」
「はっ!」
タデアスと共に、ジャグルが五匹
一匹のジャグルが
一人の村人が頭を叩き割られ、崩れ落ちるその身に、さらに
左右の村人二人が
「怯むな!」
タデアスが
その
ジャグル達が
「グオオオッ!」
戦斧を振りかざしたジャグルが突進してくる。
迫力はある。だがグレシオスもタデアスも、この程度では怯まない。
グレシオスは槍を滑らかに、地面を
ジャグルが転倒した。起きあがるよりも先に、その肩先にタデアスの槍が入った。
左の村人にジャグルがぶち当たってきていた。ゾイアスである。必死の
「蹴り上げろ! 近くで戦ってはならん!」
グレシオスは指示を飛ばした。一拍遅れて、村人はジャグルの胸を
別のジャグルがグレシオスに向かってきた。
ジャグルに限らず、力で
「力を出し
エウスタスはそうグレシオスに教えた。常に働きが死なぬように、心身を効率的に使えということである。
力を振り絞れば
技とは
それゆえに力で競うのではなく、力で制するのだ、と。
そうエウスタスは教えた。まだグレシオスが幼き日から、繰り返し、繰り返し教えた。
ジャグルに合わせて槍を出す。
イスタリヘーレイにとって槍は聖なる武器である。ジャグル
巻きつくように槍を使う。グレシオスが手首を返したときには、ジャグルの槍は
胸を突かれたジャグルは、前のめりになり、口からごぼごぼと血を吐いた。
タデアスも
悲鳴が聞こえた。ゾイアスの胸に短剣が突き刺さっている。ジャグルが左
ゾイアスが
ジャグルはさらに鉈刀を振るった。
これで左が
ジャグルを突き刺している槍を戻すのを止め、さらに深く押し込んだ。
素速く槍を離し、刀を抜いた。ゾイアスを倒したジャグルと目が合った。
ジャグルの表情が動いた。上手く形容することができぬが、確かに顔が動いた。
何と言って良いのか判らぬ表情だった。人のそれとは余りに違う。
しかし、その意味だけは判った。
ジャグルは喜びを見せたのだ。その表情は、
「ガアッ!」
汚い口を開け、
グレシオスに向かってくる。
鉈刀を振りかぶった。刀身がゾイアスの血で濡れ光っている。
ジャグルの打ち込みに合わせ、下から切り上げた。
そのことは結果になって現れる。ジャグルの
驚きと、そして多分怒りで
ジャグルの赤い瞳は、
刃が鉄と、その下にある肉を断つ音が聞こえた。タデアスが横に払った
タデアスの右にいた村人が槍を構え直して、その胸を突いた。ジャグルは喉元を押さえながら、
まだ体をもぞもぞと動かしている。村人がもう一度槍で突いた。引き抜いて、さらに突いた。表情を
この上さらに突こうとするのを、タデアスが止めた。
「もう死んでおる」
タデアスの声がすっきりと耳に通った。
グレシオスは周囲を見回した。広場での戦闘は終わっていた。
ジャグルを皆殺しにできたかどうかは判らない。広場から他へと逃れた奴がいるかもしれない。
だが少なくとも広場からは
代わりに
いくつもの影が目に入った。人間もあるし、ジャグルもある。
足の下の雪は
広場の全域が戦場になったのだ。どこも一面、血が流れている。じきに足元は赤い
グレシオスは刀に
「無事か?」
「はい。大殿は?」
「手傷は負っておらぬがな」
いささか疲れてきた。その言葉を口中に
「この
しかしグレシオスの胸中を
「やれやれ、情けない話だ」
グレシオスは首を振った。
不死を楽しむ神々ならば
だが人の身にあってはそうもいかぬ。それは運命であると言って良い。だからこそ
グレシオスはアイダスに目を向けた。槍を握りしめたまま、立ちつくしている。
「アイダス」
呼びかけられて、アイダスはグレシオスの方を向いた。
「お前は負傷者を確認しろ。動ける者とは助け合い、神殿で治療をせよ」
「儂と大殿は村の中を調べて回る。お前達は取り
「血止めを優先しろ。動かせない場合はそのままでもいい」
「村内の探索が終わったら、すぐに人を
タデアスと交互に指示を飛ばす。
あらかじめ教えてある内容ではあったが、こうして言ってやる必要がありそうだからである。
「ゆけ」
「さて、我等もゆこうか」
「働き過ぎという気もしますがな」
「まったくだ」
軽口を叩きながら広場を歩いて、それぞれ使えそうな槍を拾った。
盾の方は悲惨であった。攻撃を
グレシオスの物はまだ使えそうではあるが、タデアスの方は当たりが悪かったのか完全に裂けており、使い物にならなかった。
代わりに手近にある盾を拾った。村人の誰かが落とした物だろう。
それを裏付けるように西から叫び声が聞こえた。今、戦っているようである。
「ゆくぞ」
「はっ!」