広場に向かう途中、雪が降り始めた。
デルギリアの雪は水気が少なく、さらっとしている。
はらはらと軽く降りかかってくる。
それが何故だかひどく物寂しく感じられた。
広場では動ける者達が負傷者の治療にあたっていた。見ていて
薬草を煮る臭いが辺りに
「御領主様!」
見張りに立っていた村人が気付いて駆け寄ってきた。
「何人、犠牲になった?」
グレシオスの言葉に、村人は
「……十人です」
予想していたよりも多い。グレシオスは
「そうか……皆よく頑張った」
「はい」
タデアスが
「……みんなの様子をみてやって下さい。俺たちではよくわからねえこともありますんで」
「判った」
遣り取りを見ていた他の村人が寄ってきた。グレシオスとタデアスは、その者達に自分達の槍と盾を渡した。
神殿の中には負傷者が並べて寝かされていた。その間を、やはり治療役の村人達が動き回っている。中にはグレシオスの
負傷者の横に
多分、息子であろう。床に寝かされた姿はまだ若く、骨も細そうな、頼りない体つきだった。
女は声を上げて泣くのではなく、
しばらく、グレシオスはその姿から目が離せなかった。
「御領主様……」
治療にあたっていた村人が、指示を受けるべく話しかけてきた。
「血止めを優先しろ。それとモイラスを呼んでくるように。子供と老人はそのまま館で
村人が頷く。
「男達には村内の見回りをさせろ。まだジャグルが残っているかもしれん」
「そんな……」
「油断するな。特に村の
「はい」
「見回りの指揮を
「かしこまりました」
話しかけてきた村人を連れて、タデアスは外に出て行った。
グレシオスは負傷者の間を歩いた。見知った顔の者達が苦痛に呻き、あるいは死して寝かされている様を見るのは普段に増して
戦場では日常的な光景ではあるが、ここに傷つき、死しているのは、戦士ではない村人である。
そのことが今までよりも、グレシオスの気持ちを暗くさせているのだった。
「ご、御領主様……」
ひび割れたような声で呼ばれた。柱の陰になっているので、すぐには誰だか判らなかった。
「……ダイオン」
変わり果てた姿であった。全身に包帯が巻かれているが、あちこちに血が
一目見て助からないと判った。
「やりましたぞ……一匹残らず……」
「無理をするな」
云ってダイオンの
「……ハノンがやられちまいました」
「そうか」
グレシオスは
「ネモンとイドンは?」
ネモンが長男、イドンは末の息子である。
「ネモンが……俺を、
「二人とも無事であろうよ」
気休めだと思いつつ云ってやると、ダイオンは顔を
「あいつらには……まだまだ、教えてやらにゃいけねえ」
「そうだな。武具の修理もして
「まかせて
「うむ。頼むぞ」
ダイオンは
「俺は、もう……駄目みてえです」
「そんなことはないぞ。傷は浅いとは言えぬが、助からぬと決まったわけでもあるまい。気持ちをしっかり持て」
「人使いの荒え、お方だとは思ってましたが……」
「
知らずダイオンの手を握っていた。大きく分厚い、
ダイオンの呼吸が怪しくなってきた。近くに立った娘が
「あの世でも……
「
イスターリスの信者の内、特に
その者達はイスターリス自らによって『勇者の
やがて来る戦いに備えて、戦神の下で、再びその武勇を振るうために。
グレシオスの父祖達は、そのほとんど全てが、勇者の館の住人となっているはずである。
グレシオスはそう信じているし、セウェルス族の者達もみな、同じように信じているであろう。
「……そりゃあ、名誉なことだ……」
「お前の手で剣を打ち、
「……俺は、勇者の館に……呼んで
「お前が嫌だと言ってもな」
ダイオンは苦しそうに笑った。再び血を吐いた。
「名誉な……ことだ……」
その言葉を最後に、ダイオンは静かに息を吐き、動かなくなった。
グレシオスは目を閉じた。
祈った。このような時、そうしてきたように心底祈った。
――我が父祖たる大神イスターリスよ。この者を
ダイオンの目を閉じさせてやった。
「あの……」
立っていた娘が
「……死んだ。必ずや勇者の館に向かったことであろう」
グレシオスは立ち上がろうとした。大きな力が必要だった。肉体的な力だけではなく、気持ちの上でも、力が必要だった。
「引き続き治療にあたれ。死んだ者はそのままでよい。葬儀は後で行なうゆえな」
「はい」
娘は
一当たり順に負傷者を見て回ると、グレシオスは神殿の外に出た。
雪が降っていた。
「御領主様……」
雪の中にイドナが立っていた。
「無事だったか」
「……はい」
イドナは
理由は分かった。おそらくイドナは、連れていた弓隊や、アルテーア達を置いて逃げ出したのだろう。
メグレイスの所へ向かわせたフィオレや、アルテーア達の
「お前はよく戦った」
「……」
「自分を責めるな。生き残った者達の手当てを手伝ってやれ」
「……はい」
イドナは
「お前は十分に戦った」
イドナは泣きながら
グレシオスはイドナを連れて、神殿近くにあるメグレイス達の
神官達が
湯を
イドナは入り口に立ち、やや
「手伝えるか?」
イドナに聞いた。
「はい。手伝わせて下さい」
「そうか。だが疲れているようなら休んでもよいぞ。あまり無理はせぬようにな」
イドナは
「御領主様は……」
「
答えながらコートを脱いだ。大分返り血を浴びたので、
コートと一緒に
肩の周りにマントを巻き付け、固定すると、
途端、疲れがずしっと
イドナが湯を持ってきてくれた。
「すまんな」
負傷者に使う湯を分けて
熱い湯を
「ここに
タデアスだった。
「ごくろう。ジャグルは?」
タデアスが
「予想よりも多くいたようですな」
グレシオスは
「逃げ去るジャグルなど見なかったか?」
「姿は。ただし北東の柵の下に穴が掘られておりました」
進入用の穴であろうが、逃げ出すのにも使われたかもしれぬ、ということである。
「そうか……ところでネモンとイドンを見なかったか?」
「ダイオンの
タデアスの表情が曇った。
「ネモンは無事だと聞いている」
「はい。今、広場におります」
「……イドンは?」
「残念ながら……」
「そうか」
グレシオスは
「……一応、正門を見てこよう」
「
腰を上げかけると、それを制するようにタデアスが言った。無駄足をする必要はないと云いたいのだろう。
「なに、気分的なものよ」
「では私も」
タデアスも立ち上がった。
「お前は休んでいるがよい」
「いいえ。大殿がゆかれるのですから」
万が一があっては、とでも言いたげである。
「屍体の山しかないと云ったではないか」
「ですが……」
「判った。取り敢えずコートを脱いでマントを
「参りましょう」
グレシオスはタデアスを連れて外に出た。
神殿の入り口で火にあたっている村人から、それぞれ槍と
正門に向けて歩き出した。広場に出るとすぐに、あちこちに戦いの跡が見いだされた。ジャグルの屍体は
村人の遺体は一つもなかった。
広場を抜けると道は綺麗になった。と言っても血の汚れがなくなっただけで、踏み荒らされた跡は
しかしその上にも雪が積もってきており、明日の朝には真っ白に
手元の松明がぱちりと音を立てた。火の粉が
村の正門が見えてきた。
「ドーロスは無事だったのであろうか」
「戦死いたしました」
「……そうか」
再び、二人とも黙り込んだ。交わすべき言葉がなかった。
今は何かを云って気分を
「上に登ったか?」
「いいえ」
「それでは意味がないではないか」
「申しわけございません」
たしかに、今さら門に登ったところで何も見えはすまい。逃げたジャグルの背中すら見えないだろう。
そう思ってはいたが、グレシオスは
槍を立てかけて梯子を登った。
足場上にも雪が薄く積もっていた。デルギリアの雪は
村へと続くブレイオン街道へと目を
道の先。
木の
赤い瞳がこちらを見ている。
グレシオスは
すぐに考え直した。たかが
赤い瞳などそもそも見えてはいない。そう感じただけだ。
グレシオスはもう一度しっかりと、木の傍の影を
影が動いた。
道に向かって歩き出す。すぐに闇に溶け込んで見えなくなった。
「
続いて上がったタデアスが、傍に寄ってきて尋ねた。
「村人を集めろ」
グレシオスは短く、そう命じた。