怪我人はメグレイス達の
戦える者達は全員でヨルスの館に移った。ここが、新たな
今は動かしている時間が取れないというのもあるが、すぐ近くに負傷者達がいるためである。
つまり屍体に『
ヨルスの館に集まると、まず
レメンテム人ならばともかく、ローゼンディア人の主食はパンである。
いまいちの感は
塩で味付けし、一応ベーコンを混ぜ、香料を兼ねた
レメンテム人ならば
戦いが終わったのに解散もさせず、再びこのように集まっている時点で、誰もが嫌な予感を抱いているのではないかと思われた。
グレシオスが、再びジャグルが攻めてくるかもしれぬと告げると、村人の間に驚きと
「……間違いないのでしょうか?」
メグレイスが静かに言った。動揺の様子は見られない。さすがである。
「奴等は来る」
実際は確証があるわけではない。
だから本来は断言などできないし、するべきでもない。
にもかかわらずグレシオスは断言した。それは間違いなく再び襲撃があると、直感したからである。
無論、実際の状況は判っている。襲撃に備えるのならば正しくは、まず第一に先程見かけた影がジャグルであると仮定すること、次にその上で、再び村を襲ってきた場合を考えて対策するべきなのだろう。
しかしそれは、判らない事を判らないままに放置した上での正しさでしかない。
現実の戦場にあってはそれは通らない。というのは、こちらが判ろうと判るまいと関係なく、敵は自らの意思と目的によって行動するからである。
つまり情報不足であっても判断を下し、行動せねばならぬ事など、戦場にはいくらでもあるのだ。
その結果失敗すれば死ぬ、成功すれば生きる、ただそれだけのことである。
しかしそこまで含めて、今、村人達に説明をしたところで、それは無駄というものであろう。
判る者はいるかもしれない。だがほとんどの者には通じまい。
そして無用の混乱や恐怖、おそらくは
今指揮しているのは歴戦の兵達ではない。
いかなる場合でも冷静に話を聞き、適確に行動できる相手ではないのである。
ならば必ず襲撃があると断言してしまい、緊張感を維持しておく方が良い。
とにかく重要なのは、皆が生き残ることだ。
村人に重要な選択を
その姿勢は決して
考える事はあとでもできるのだ。
「数はどの程度になるでしょうか?」
「どうかな……」
メグレイスの問に、グレシオスは
正確な数は無論判らない。それもある。
だがもしも先程と同数、いやそれ以上の数が襲ってきた場合、全滅は
必ず全滅するとまでは思わない。先程の戦いで村人の動きは
想定していたよりも戦力は低かったが、絶望的な
ゴロドが混じっていれば別だが、敵がジャグルのみならば三十程度の数がいたところで、現有戦力でも、どうにかなるかもしれない。
それはほとんど相打ちに近い状態であるにしてもだ。
己自身、そしておそらくタデアスも、ここで死ぬことには抵抗はない。
ただしそれは村人の命と
その先に生き残れる見込みがあるならば、たとえ危険なことであっても挑戦する覚悟はあるが、最初から死ぬと判っていることを実行するのは嫌である。
ゆえに現状でも生き残れる目を
「だが先程よりも多いという事はあるまいよ」
「何故でしょうか?」
メグレイスは質問を重ねてきた。おそらく、周囲の村人に聞かせるためだろう。
村人達を安心させたいのだ。メグレイスは。
敵について情報があり、しかも何とかなりそうだとの予測が立てば、村人も気力を
となれば、
敵の規模をある程度推定できること、そしてその事を兵達が知っておくことは重要だが、それは内容によるからだ。
敵があまりにも強大で、勝算が無さそうな場合には、むしろ逆効果になることがあるのだ。
「もしも先程以上の数となれば、ゾエ村からこちらへ向かうまでの時間を、説明しにくくなる」
「どういうことでしょうか?」
やはりメグレイスは村人たちに聞かせたがっているのだ。
彼に判らぬはずがないからである。
「……もしも先程の倍、ジャグルがいたとする。それがゾエ村を襲ったとすれば、ゾエ村の住人達では、ジャグルの胃袋を満たしきれまい」
「ジャグルの数が多ければ、あっという間に全ての住民を食いつくしてしまうということよ」
タデアスが補足した。
普段ならばこのように口を挟んでくる事はない。意外に感じて目を向けると、タデアスもグレシオスを見て、
差し出口をして申しわけございません、とでも言いたげである。
何か考えがあるようだ。
「ここからゾエ村までは徒歩で二刻半ほどだろう。ジャグルどもが襲ってきた時間から考えて、ゾエ村を発ったのは今日の昼頃であろう。ゾエ村を襲ったのは昨日の夜、となればその間は何をしていた?」
「酒盛りですかな」
再びタデアスが口を挟んだ。わざと、
タデアスらしいとは思った。
「つまり、ジャグルの襲ってきた時間から考えて、次の襲撃はそれほどの規模にはならないということでありましょうか?」
メグレイスが分かりやすくまとめた。おそらく言いたかったであろう言葉である。
「うむ」
グレシオスは頷いた。
「多くとも二十といったところでしょうかなあ……今の我々でも十分相手できる数ですわい」
タデアスもまた、言いたかったであろう言葉を言った。
ややもったいぶるような印象を受けたが、それは己が、タデアスの考えていることを読み取っている
「この戦いを
グレシオスが静かな口調でそう告げると、誰もが
――だがこれ以上には耐えられまい。
グレシオスはそうも感じていた。
「見張りを交替で出せ。間隔や人選は長神官殿に任せる」
外の空気を吸いたいと思い、グレシオスは毛皮を取って立ち上がった。タデアスも立ち上がる。
戦場だからである。
戦場では、タデアスは片時もグレシオスの
グレシオスが何かを命じるなどして、単独行動をしている場合を除けば、常に身辺を
雪はまだ降っていた。
風がないため、ほとんど
この分だとそれなりに積もるかもしれない。デルギリアでは珍しいことではあるが。
内陸高原であるため、雨や雪は少ない地方なのだ。ここナウロス村は、それでも北にテラモン森林を臨むように、デルギリアでも比較的降水の多い地域だからだろうか。
年による差はあるものの、冬には雪が降ることがよくある。
ヨルスの
「……ゴロドは来るでしょうか?」
「判らぬ。だが敵にゴロドが混じっている場合、次の襲撃には姿を現すだろう」
「……」
「不安か?」
「正直を申せば不安であります。この人数でゴロドを相手にできるのかどうか……」
「だがやるしかない。もしもゴロドが現れたら、我等とメグレイスが中心になって戦う。それと槍投げに
それで
「ジャグルの方はいかが致しますか?」
「坂の入口さえ
坂の入口へ通じる道は三つしかない。その内、村の正門へと向かう正面の道は、広場に続いている。
広場は引き続きグレシオス達が守備することになるから、残るは二つである。
その両方向からジャグルが襲って来るとしても、障害を置いて対すれば、何とかなるかもしれない。
もっとも敵にゴロドがいるかどうかで、大分、想定が変わってくるわけだが。
「……ゴロドが居るとすれば、ジャグルどもはすぐには襲ってきまい」
「ですな」
タデアスも同意した。
ゴロドの戦い振りは
しかし味方のジャグルが足元で戦っていても、一向気にする気配はなく、踏み殺したり、
それゆえジャグルたちは、ゴロドの戦闘圏内に入ることがないよう、協同で動くときには気を遣っているのである。それでも犠牲になるジャグルが、結構いるようではあるが。
要するにゴロドは、味方から頼りにされる反面、恐れられているようなところがある。
人の例で云えばイスルバルディスのようなものだ。イスルバルディスというのは、イスターリス信者の内、特別な密儀に参入した戦士達のことである。
彼らは生肉を喰らい、
極度の興奮状態のため、戦闘中に味方を攻撃することも決してまれではない。
イスルバルディスが強力な戦士として尊敬される反面、恐れもされる
ゴロドの場合、イスルバルディスほど上等なものではないが、ある面
「もし同時に村に入ってくるとしても、ゴロドとは別に行動するであろう。我等はゴロドに集中し、あとの者達でジャグルの相手をしてもらう」
「ということは残りの村人達には、坂の入口を死守させておくのみ、ということになるわけでございますか?」
「そうだ」
タデアスは呑み込みが早い。
先程に比べこちらの戦力も減少している。
ゴロドが居ない場合には、やはり
となれば、坂の入口に面した東西二つの道をやって来るジャグルどもは、
この場合には主兵力をグレシオスの元に移し、全力でジャグルを叩く。
いずれにしても途中にあるのがヨルスの館である。敵を確認次第、ここを経由して連絡を走らせ、こちらの動きを決める。
「ゴロドが居なければ、少しは楽になりますな」
「援軍が来なくとも
「頼もしいお言葉です」
「なに、
グレシオスの言葉にタデアスは
「何がおかしい?」
「失礼致しました。そのようなお言葉を口になさるとは思いませんでしたので」
「不安か?」
「いいえ。むしろ安心いたしました」
「ほう?」
「構わぬ。何でも云え」
「はあ。でしたら口にいたしますが、どうもその、大殿はいつも
「
「私にはそのように見えることがよくあったのです」
「……」
云われると思い当たる気がしないでもない。もっとも、そう考えられるのはつい最近、いやさ今日になってからのことだが。
「それがここ数日、大殿は
グレシオスは答えなかった。答える必要がないと思ったからである。
そうなのだ。
あの男はいきなり現れ、
それは何であるか? 今は判っている。
恐怖だ。気付かないようにしてきた恐怖である。
今は違う。あの一射は恐怖の正体を
認識すれば、恐怖は去る。
そのためには正しい認識、人間精神の完全な自由さが必要だ。
まるで神官のごとき言い
己だけではない。タデアスにも、活力のようなものが
あの男は主従の何かを大きく変えてしまったのだ。
ただし、生きるか死ぬかの戦いの場に投げ込まれることがなくば、その変化には気付けなかったかもしれない。
それともこの戦い自体が変化の一部なのか……。
そこまでは判らない。タデアスにも判らないであろう。
運命は人智を越えている。
「あのお客人は、無事にギルテに着けましたでしょうか……」
「奴ならば問題はない。必ずギルテに
確信を持ってグレシオスは言った。タデアスが顔を
足の下では雪がきしきしと鳴った。その下では氷が生まれている気配がある。
これから朝に向けて、寒さはさらに厳しくなりそうであった。