激しく扉を
「
答えざま、気合いを掛けて身を起こした。思っていたよりも
寝起きは身体が重いのが常なのだが、どういうわけか調子がよい。
短い睡眠ではあったが、かなりの効果があったようである。
「構わぬ。入れ」
「奴らが現れたようです」
ヨルスが扉を開け、早口で言った。
「あれからどのぐらい経った?」
グレシオスは立ち上がり、軽く首や肩を回しながら尋ねた。
「もうすぐ夜明けでございましょう」
これも半ば予想していた答えであった。
メグレイスはわざと起こさなかったのだ。始めからそうするつもりだったに相違無い。
問い詰めた所で、もっともらしい言い訳を答えるだろう。昔からこういう事はあった。
腹立たしいが、今はそのことを怒っている
これも昔から変わらない。怒る余裕が出る頃にはどうでもよくなってしまうのだ。
広間に出ると、タデアスが
「お前もか!」
「してやられました」
ばつが悪そうに苦笑いを浮かべている。
「なに、お前が
「これはまた意地の悪いお言葉」
「はは。それよりも疲れは取れたか?」
「おかげさまで」
「よし。急ぐぞ」
グレシオスも手早く
刀を
防壁の前にはメグレイスが居た。
その他村人が三人。ブロス、ザビオス、ハサデルスである。皆、槍投げに秀でた者たちだ。
「ゴロドがおります」
開口一番、メグレイスは、もっとも聞きたくなかった言葉を口にした。
グレシオスは正門の方へ目を向けた。まだ正門は
おそらく門の
「間違いないのだな?」
「私が確認いたしました」
ならば間違いはあるまい。
「ゴロドは一匹か?」
「一匹です」
グレシオスは皆を見渡した。
――この六人で相手しなければならぬわけか。
覚悟はしていたが、こうして考えても、かなり苦しい事態である。
「接近戦は
グレシオスは三人の村人に言い聞かせた。
「手持ちの槍が無くなったら、坂の入口に居る者達と合流しろ」
ここ第一の防壁の近くには、予備の槍の約半分が集めてある。
全て、対ゴロド用に用意した物だ。
「長神官殿はゴロドの足を止めて欲しい。足を殺せれば大分楽になる。
「かしこまりました」
「手順はこうだ。まず全員でひたすら槍を投げる。槍が
「御領主様がたは戦われるので?」
ブロスが聞いてきた。タデアスが軽く笑った。
「儂等が戦わねば誰がゴロドを
そのとおりである。
「あとは我等三人に任せよ」
「……儂とタデアス、長神官殿とでゴロドの気を
ブロスは何か言いかけたが、口を
あとの二人も同じような様子だった。三人とも不安げである。
だが他に方法はない。
ふと気付いて、グレシオスは東の空を見上げた。
暗く雲に
雪は相変わらず降り続けている。デルギリアでは珍しい大雪と言える。足元の積もり具合も馬鹿にならぬ。
下手をすれば戦いの最中、足場の安定を失うのではないか。
己やタデアスはともかく、あとの者たちは危ないのではないか。
そんな不安が、グレシオスの胸中をわずかに
「……もうすぐ夜が明けますな」
そうタデアスが
皆が
正門が大きく
重い倒壊音と同時に、雪が舞い上がった。衝撃で
その向こうに巨大な影が
一瞬、樹ではないかと思える。だが樹の形をしていない。
ひどく伸びた、人の影のように見える。
全体に細く、長い。
影が一歩踏み出した。重い足音と共に振動が伝わってきた。家の
篝火の光を受けて、その姿が浮かび上がった。
黒ずんだ生気のない
ジャグルと同じく黒目と白目の区別が無く、ただ
ゴロドである。
やや
胸から上が、軽く家の屋根を越えてしまっている。頭は二階屋に届くのではないか。
やはり大きい。
手には巨大な丸太を持っている。家の柱か何かであろうか? いや、あの大きさからして神殿の建材かもしれない。そんな物さえ、ゴロドの手にあっては驚異的な武器となるのだ。
あれが当たればひとたまりもない。即死だろう。
歩いてくるゴロドの向こうには、
それが動き出した。
ゴロドに遅れて村に入って来ると、すぐに左右二手に分かれた。予想通りである。
決してゴロドと歩を合わせることはない。
戦闘に巻きこまれることを恐れているのだ。
「笛を」
グレシオスは短く命じた。坂の入口を守る村人に合図を送るためである。
『ジャグルは東西から襲ってくる。それに備えよ』
そう
笛を吹くのはザビオスの役目である。だが命じたにもかかわらず、笛の音が聞こえない。
「どうした?」
グレシオスは振り向いた。命令が実行されない理由が分かった。
ザビオスは目を見開き、ゴロドを見上げていた。
その表情が
「笛を吹かぬか!」
タデアスが
すぐに答える笛があった。こちらの報せは正しく伝わったようだった。
「恐いか?」
グレシオスは静かに
三人はじっとグレシオスの方を見た。その顔には緊張と恐れとがあったが、なお戦う意思を残しているように見えた。
「
グレシオスは
「戦場ではな、命は皆同じく危険に
グレシオスは白い息を吐いた。体が冷える。冷たさが染みこんでくる。
だがもうすぐ火のように熱くなるだろう。
「恐れに捕らわれるな。恐れを支配せよ。さすれば恐れは、身を守る
叔父の言葉が、自然と口から滑り出た。
誰一人返事はしなかった。だがタデアスを含め、全員がしっかりと
「これが最後の戦いとなろう。皆、死ぬでないぞ。そして語ろうではないか。この戦いを子等に。いや孫たちにまでな。語り草になるぞ」
冗談のように云うと、グレシオスは眉を上げた。
「……自慢になりますだね」
ハサデルスが応じて笑い、白い歯を見せた。
「我等全てに大神の
メグレイスが
「魔術を
「もしも
天を見上げた。
ある時は槍につかまり、ある時は天馬に
誰が言うともなく、男たちは槍を重ね合わせた。
「イーザイッ!」
唱和し、槍の
ゴロドが迫っていた。
アオオオオオオオンンン……。
ゴロドが
聞けば、誰もが恐怖を感じるだろう。
グレシオスも恐ろしいと思った。他の者たちも同じく感じているに違いない。
だが戦う。
――
覚悟はできている。
「ゆくぞっ!」
槍を構え、グレシオスは防壁から飛び出した。タデアスとメグレイスがすぐに続いた。
グレシオスの頭上を越えて槍が飛んでゆく。ブロスたちの攻撃である。
鈍い音とともに、槍はゴロドの腕や胸に突き立った。
だが一向に効いていないようである。全く
突然ゴロドの手が動き、メグレイス
手に持った丸太による一撃である。
当然であろう。
神殿を支えられる程の頑丈な丸太が、目にも止らぬ速さで繰り出されたのだ。
当たればどうなるかなど考えるまでもない。
一撃目を外したことが気に入らないのか、それともメグレイスが気になるのか、ともかくゴロドはメグレイスを殺すことに決めたようだ。向かってくる方向を変え、神殿の方に歩き始めた。
「気をつけよ!」
グレシオスは大声で注意を
タデアスはメグレイスとは反対の方向に駆けている。グレシオスたち三人は、ゴロドの周囲を回りながら戦うつもりである。かつての戦いもそうであった。子供の頃に見た、アウラシールの獣騎兵もそうであった。
ゴロドに比して小さい我々は、そうするより他無いからだ。
人が
タデアスが槍を投じた。ゴロドの首の近くに突き立った。
ゴロドは
さすが村人とは
だがその
ゴロドがタデアスに向かっていく。グレシオスに背を向ける
好機である。グレシオスは槍を肩上に
その間にも村人たちの槍が投じられている。
ゴロドの体に槍が
メグレイスが走ってきた。
「ぬうりゃああっっ!!」
身を低くしたまま走り寄ると、ゴロドの足を
グレシオスは
いまやゴロドは全身から血を流していた。血は足元にまで流れ、雪の色を大きく変えていた。
だがゴロドの動きに変化はなかった。声を上げることもない。
傷を受けていることも気になっていないようである。
そしてタデアスやメグレイス、時には己目懸けて、恐るべき一撃を繰り出してくる。
攻撃の前動作が大きいために何とか逃れられるが、速度自体は尋常ではない。
何よりも攻撃の範囲が広い。神殿に使うような丸太を振り回しているのだから、当然である。
村人の槍が
グレシオスは振り返った。ブロスたち三人は、まだ防壁の背後に居た。
「何をしている! 早く逃げぬか!」
怒鳴ったが、三人は逃げる気配がない。手持ちの槍を握りしめている。
――いかん。
「馬鹿なことは考えるな!」
グレシオスは三人の元へと走った。
その時ゴロドが動いた。グレシオスの後を追ってきた。突進である。
巨大な影が
防壁が踏み
三人と共に。
ゴロドが丸太を振り上げ、振り下ろした。
叩き潰す音。逃げる間もない。再び丸太を振り上げる。悲鳴さえ聞こえぬ。そして振り下ろす。
それから足で踏み砕いた。
ゴロドは
ただ破壊の音だけがしていた。木材を砕き、肉を踏み潰す音だけが。
三人の村人は一瞬の内に
視界の隅でメグレイスが立ち上がっていた。急なゴロドの突進を
来るなと言おうとしたが声が出ない。息が上がっている。
代わりに手を突き出してタデアスを制した。固まればやられやすくなる。散開していた方がいいのだ。
ゴロドがこちらに向き直った。グレシオスの方へと歩き出す。
手持ちの槍はない。防壁を飛び出すときに持った
広場周辺には対ゴロド戦を考えて、あらかじめ家の壁に立て掛けるなどして用意してある槍があるが、それを取りに行かねばならない。
グレシオスは
その間にメグレイスとタデアスが攻撃するのだ。
二人の攻撃の直後に、今度はグレシオスがゴロドの視界から消え、攻撃に回る。これを繰り返す。
地響きを立ててゴロドが
再び左足を狙うべく、メグレイスが横手に回り込んだ。
「さあ、来い!」
グレシオスは両手を
ゴロドが見下ろしてくる。半開きの口の間から白い息が
ゆったりとした動作で丸太を振りかぶってくる。すぐに飛び
巨大な丸太が振り下ろされた。振りかぶるのは
グレシオスは大きく後ろに飛んだ。飛びながら、しかし驚いた。
丸太はグレシオスを狙ったものではなかった。右斜め上から大きく
「長神官っ!」
叫んだ。だが
そして素速く身を
グレシオスは一瞬
――何という奴!
己を攻撃すると見せかけて、実は足元を
昔戦ったゴロドはこんな
多くの犠牲を払いながらも
このゴロドは違う。
嫌な予感が首筋を駆け抜けた。だがとにかく武器を取らねば。
グレシオスは槍のある場所まで走った。タデアスがゴロドの後ろから槍を投げているのが見えた。
一番近くにある槍は、広場に面した家の裏手にあった。
小道を入り込み、
広場に出てみると、こちら側に面した列柱が叩き折られている。爆発するように雪が舞い上がり、ゴロドの姿しか見えぬ。メグレイスは無事か、どうか。
ゴロドは丸太を振り上げて、再び神殿を打った。
「罰当たりな真似をしおる」
距離を
戦いの局面は変化している。注意しなければ。
神殿がたたき壊され、破片が辺りに飛び散っている。柱が幾本か続けて倒れ、重い地響きが足裏に伝わってきた。
風が吹いた。
北から吹き下ろしてくる風である。雪が炎のように舞い上がった。
メグレイスが姿を表した。
「おおおおおっ!!」
素速くゴロドの後ろに回り込むと、
体を大きく
本来は地上から騎士を叩き落とすための技だが、こうでもしない限り、人の身ではゴロドの足しか攻撃できぬ。
鈍い音とともに斧槍は、ゴロドの腰の後ろに命中した。人間ならば致命傷だが、あまり
「むうん!」
グレシオスも槍を放った。肩の後ろに突き立った。
ゴロドは気付いてすらいないようだった。もう
その衝撃で、近くに刺さっていた槍が
ゴロドが
ジャグルよりも
顔色の悪い、ぼんやりとした表情、炭火のような瞳、意思も思考も感じさせないようでありながら、邪悪さだけは強烈に感じさせる、その顔。
限りない不吉さだけが、ひたひたと伝わってきた。
――こやつを生かしてはおけぬ。
「大殿!」
メグレイスが槍を投げ渡してきた。近くに落ちたそれを拾う。
その時に気付いた。
タデアスの姿が、ない。
「タデアスはどうしたっ!」
グレシオスは
メグレイスは答えなかった。ただ腕を伸ばして破壊された神殿の方を示した。
どういう意味か。
あそこに何があるのか。
グレシオスは問おうと思った。だが口が震えて言葉が出てこない。
寒さの
広場は風を
いや、それとも疲労の所為かもしれぬ。槍を持つ手が震えて仕方がない。
「大殿っ!」
メグレイスが
反射的に横に逃げた。地を蹴って、体を大きく横に逃がす。
両足を下から
グレシオスは前回りをする
だがそれどころではない。メグレイスに聞かなくては。
グレシオスは目を上げた。ゴロドが丸太を振り回しているのが見えた。ぎりぎりのところでメグレイスは
「大殿おーーーっ!!」
メグレイスが叫んでいる。
「タデアス殿はっ!」
言うな。
「神殿の下敷きにっ!」
「何を言うかあーっ!」
あのタデアスがそんな……。
崩れる柱に
「
槍を拾いあげ、槍投げ機に
槍はゴロドの首の後ろに命中した。ゴロドがたたらを踏んで動きを止めた。低い、
「出鱈目を言うな。タデアスがやられることなど……」
グレシオスの鼻が、嫌な臭いを捉えた。素速く臭いのした方を見る。それで辺りが
薄紫色に変わり始めた空に向けて、村のあちこちから煙が立ち昇っている。
「やりおったか……」
ジャグルたちが火を放ったのだ。雪のために火はつきにくいと思っていたが、それくらいでは放火を
さすがにまだ炎は見えないが、じきにあちこちから火が上がることだろう。
「だが村人は殺させぬぞ」
唸るようにグレシオスは
ゴロドは神殿の方へと歩き出した。何をするつもりなのか、己が打ち壊した神殿の柱を拾い上げている。
直感的に危険を感じた。
「いかん! 長神官っ!」
メグレイスに向けて警告を発した。ゴロドが両手に柱を持ち、それを肩上に振りかぶっている。
あれを投げつけるつもりなのだ。
メグレイスもそれを読み取ったらしい。一目散に広場から逃げ出した。路地に逃げ込むつもりなのだ。
グレシオスは槍を放ってしまった事を
先程ゴロドより抜け落ちた槍が目に入った。黒い影のように雪の上に横たわっている。
グレシオスは走った。
――間に合わん!
ゴロドがメグレイス
柱が地面に当たって
一本目を
冷水を浴びせかけられるような、嫌な予感がした。
槍を目指して走りながら、グレシオスは叫ぼうとした。だが叫んで何になるのか。
もはやメグレイスに、逃れる手はない。
二本目の柱は背後からメグレイスに襲いかかった。
予感は現実になった。
二階屋を超えるほどの弧を描き、槍の
「長神官っ……」
グレシオスは
あれでは助からない。骨は砕け、
ゴロドがグレシオスを見ている。
暗く燃える双眼が、じっとこちらに注がれている。
「……今度は
無論恐怖はある。だがそれよりも、怒りの方が遥かに大きかった。
「貴様のおるべき世界へと送り帰してくれるわ」
云いながらも、息が上がってきているのに気付いた。
息が苦しい。
ジャグルとの戦いでは要求されなかった、大きく激しい動きが、歳相応に
動けるように戦わなくては……。
グレシオスは周囲に目を凝らした。何か、何かないか。
ゴロドを
目に入るのは、雪に
広場の端の方にはまだ踏み荒らされていない雪が、一面に紫がかって見える。
雪は降りやむ気配を見せている。朝日が昇る頃にはやむのではないだろうか。
メグレイスの
ゴロドがゆっくりとこちらに歩いてくる。
グレシオスは意を決して斧槍を取った。本来は得意な武器ではない。
苦手と云うほどではないが、槍の方が
だが斧槍を拾い上げた。これに賭ける事にした。
ゴロドが丸太を抱え上げた。投げつけてくるつもりかもしれない。一本しか持ってはいないが、何を
「ぬううううううっっ!!」
斧槍を引きずるようにしながらグレシオスは駆けた。
ゴロドが目前に
――やられる!
思った瞬間、ゴロドの頭がびくんと動いた。同時に体の釣り合いを崩したように
矢が立っている。
ゴロドの左目に矢が立っていた。
「御領主様っ!」
若い娘の声だった。イドナである。広場へと走り出てきた。
「今の内に!」
言いながら二の矢を
「何をしているっ!」
馬鹿な。ゴロドは矢でどうにかできる相手ではない。
無駄死には目に見えている。そんな
「逃げよ! 今すぐに逃げよ!」
グレシオスは
「逃げねえ!」
イドナは怒鳴り返してきた。
「あたしは逃げねえぞ!」
三
「くたばれ!」
叫びながら矢を放った。矢は再び、ゴロドの顔に突き立った。
イドナの方を向こうとして、ゴロドは
斧槍の傷であった。
大きく身を引いて構えた。メグレイスと同じように、低い姿勢から、ほとんど一回転するほどに体を回転させた。
「ぬおおおおおっ!」
反動はなく、衝撃が吸い込まれるような感じがあった。
刃は深く食い込んでいた。骨の奥まで達した感触があった。どっと血が
余りに深く食い込んだために、斧槍を抜くことができない。
グレシオスは斧槍を手放し、死角から出ないようにしつつ、ゴロドから少し離れた。
ゴロドが己を捜している。体をこちらに向けようとした途端、めりめりと
巨体が大きく
グレシオスは
ゴロドは緩慢な動作で手を動かし、なにやら宙を
地響きで雪が舞い上がった。近くであった
「御領主様!」
イドナが駆け寄ってくる。グレシオスは無言で手で制し、ゴロドの様子を観察した。
ゴロドの背中から幾本もの槍が飛び出していた。
背中に打たれた槍ではない。正面に打たれた槍が、うつ伏せに倒れた拍子に、体を突き抜けたのだ。
グレシオスだけではない。三人の村人が、タデアスが、メグレイスが打った槍である。
幾度打ってもゴロドには効果がないように見えた。
だが
そして今、皆が必殺の
巨体の下には、
だがゴロドは生きていた。いまだ右手に丸太を持っているため、ゴロドは左手で体を支えようとし、起きあがろうとしていた。
ゴロドが
一つとなった燃える瞳が、ぼんやりとこちらを見つめている。
グレシオスは無言で刀を抜いた。刃を上にして、ゴロドに向けて突き出すようにし、
「死ぬがよい」
一言
「おあああああああああっっっ!!」
ゴロドの顔が
その中心、燃える炭火の輝きの中へと、グレシオスは刀を突き入れた。
「イーザイッ!」
刀を押し込んでゆく。刃が止まると見えても、まだ押し込んでいった。足が雪を掘り返し、肩が震えだしても、まだ押し込んでゆく。
「ぬうう……」
ゴロドは動かない。相変わらず血は流れ出ているが、ゴロドはもはや動かなかった。
それでも用心しながらグレシオスは
もはやゴロドからは何も感じられなかった。あの
死んだのだ。やっと。
「……御領主様?」
おずおずとイドナが話しかけてきた。
「……終わったようだぞ」
グレシオスは静かに、呟くように告げた。
「感謝する。お前の矢がなければ、
言いながら振り返った。イドナは泣いていた。弓を握りしめ、
グレシオスはイドナの肩を抱いてやった。細いが、
「よくやったぞ」
柔らかな銀髪を
なんだか子供のようであるが、この娘には似つかわしい気もした。
ふと己の手が血まみれなのに気付いた。イドナの髪の毛を
そのことが判る程度に辺りは明るくなってきていた。時が過ぎている。
「……皆を助けに行くぞ」
グレシオスが言うと、イドナは意外そうな顔をした。その事を失念していたという風だった。
「まだジャグルが残っておろう。お前がこちらに来たとき、戦いは始まっていたか?」
「いいえ」
イドナは首を振った。言われて思いだしたのか、その顔に緊張が
「そうか」
となれば今頃、激しい戦いが始まっているかもしれない。
「御領主様! 家が!」
はっとしたようにイドナが叫んだ。煙の出ている方を指差している。
「ジャグルどもだ」
「火を消さないと!」
「後でよい」
槍を拾おうとして腰をかがめると、重い疲労が
無理をしているのは自覚しているが、あと
もう
グレシオスは拾いあげた槍を
「さあ、ゆくぞ」
「……大丈夫ですか?」
イドナが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫だ」
戦わなくてはならぬ。
グレシオスは背筋を伸ばした。
とその時、遠くから地響きが聞こえてきた。段々と、いや急激に近附いてくる。
村の正門の方からだ。
多数の馬が駆ける音である。道の向こうに多くの
「
イドナが
「ギルテの軍勢だ」
グレシオスが教えた。
すぐに騎兵の姿が見分けられるようになった。皆がマントを身に着けている。薄紫の大気の中、色は判別できないが、それが青であることは判っている。
イドナが歓声をあげた。
いつの間にか、雪はやんでいた。