雪を煙のように飛び散らせながら、騎馬がやって来る。
破壊された門を跳び越え、数騎が村の中に入って来た。すぐにまた数騎が続いた。
村に入ると戦士達は分かれた。左右の道を進む者と、真っ直ぐに広場へと向かう道を駆けて来る者とがある。
グレシオスはその場に立って戦士達を待った。
戦士達は騎乗のままグレシオスの脇を抜けて駆けた。村人を助けるためである。
無論駆け抜ける際に槍を
当然の行為である。
なにしろグレシオスは先の領主である。誰もがその顔を知っているのだ。
一騎がグレシオスの少し手前で足を止め、馬を降りてきた。その姿から騎士階級の者だと判った。動きには若さがあった。
「大殿様!」
騎士が呼びかけてきた。グレシオスの前まで来ると膝を着き、臣下の礼をとった。
「まずは御無事で何より!
「ファイオスか」
タデアスの下の息子、ファイオスである。彼はグレシオスの娘、エーダの
今は遠くトラケス地方、ゼメレス侯の領地にいるはずなのだが。
「戻ってきたのか」
「はっ」
「よく戻ってきた。無事で何よりだが、積もる話は後だな。まずはジャグルどもを
「承知いたしております」
ファイオスは立ち上がった。その意志の強そうな青い瞳と、目が合った途端、タデアスのことを思いだした。胸の奥に痛みのようなものが走った。
タデアスのことを告げようとしたが、すでにファイオスは馬に向かって歩き出している。
結局、グレシオスが言い出せぬままにファイオスは馬に
騎馬が続々と村に入ってくる。
「父上!」
供回りの騎士達を連れ、
「父上! 御無事でしたか!」
馬から飛び降りて駆け寄ってきた。供回りの騎士達もそれに
「よく来てくれた。儂が考えていたよりも遥かに早く来てくれた。感謝するぞ」
グレシオスは落ちついた声を掛けた。
だが、もう少し、もう少し早く来てくれれば。
タデアスもメグレイスも……。
言っても
だからグレシオスは言わなかった。
「あまり騎兵を入れるな。それよりも村から逃げ出すジャグルを確実に
「ご安心を。すでにそのように兵を動かしております」
「そうか。ならば良い……」
戦いは
何しろ数が違う。ジャグルたちはセウェルス族の戦士達に追いつめられ、ほとんど抵抗することもできずに皆殺しにされたのだった。
戦勝の報告を、グレシオスは広場で聞いた。
すでに神殿の周囲には陣所が形成されており、ヨルスの
グレシオスの館に避難していた村人たちには、連絡だけを出し、引き続き館にとどまらせておいた。完全に安全が確認されるまではそのままにしておくつもりである。
やるべき事は多かったが、それに倍する兵が集まっていた。全部で四百五十人以上いるというのだから、この村には入りきれぬ。
半数をギルテへと帰し、残りの半数で
メグレイスにはまだ息があった。
グレシオスは自らこの長神官を抱き起こし、手を握り、耳元に口を寄せて話しかけた。
「ゴロドは
メグレイスは
グレシオスはもう一度、メグレイスの耳元ではっきりと言った。
「ゴロドは斃した。ギルテより援兵が来た。村人は助かるぞ」
言葉は返ってこなかった。だが理解はしたようである。メグレイスは僅かだが、手を握り返してきた。
そしてそのまま息を引き取った。
様子から、死んだことを
さすがに慣れている。日常の雑事を片付けるような、なんでもなさが感じられるが、だからといって兵達に、味方の死を悲しむ気持ちがないわけではない。
それはグレシオスにはよく判っていた。
これが普段の戦いならば、グレシオスもそうしただろう。実際、今まではそうしてきたのだ。
感傷に深入りしない。
それは戦士達にはごく当然の、心の持ち様である。
しかし、この戦いではどうしても、グレシオスはそう思えなかった。
これは今までの戦いとは違う。人と人とが争い、殺し合う戦いではないのだ。
この戦いで死んだのは、本来はこのような死に方をする必要がなかった者達である。
辺境の小村に暮らし、戦争などとは無縁の生活を送るはずだった者達である。
戦う必要がなかったわけではない。生き残るためには、戦う必要があった。
だがそれでも似つかわしくない。この村の者は、こんな風に死んでよいはずがない。
メグレイスとてそうである。
あの戦い振りから察するに、おそらくは名のある戦士だったのだろう。
しかし彼がこの村で神に仕える生活を選んだとき、武器を取って戦場を駆ける生活には、別れを告げたはずだ。
そこには明確な断絶があるのだ。
メグレイスは、このように死ぬべき人間ではなかった。
その他の者達も同じだ。ダイオンと二人の息子、デリオスや、アルテーアなど、誰もがこんな死に方をするべきではなかった。
そのことがグレシオスには
この者達を、戦士と同じように
グレシオスはメグレイスを地に横たえ、そっとその手を組ませてやった。
待っていたように兵二人が、盾の上にメグレイスを乗せた。広場の端へと運んでいく。
そこに他の村人の屍体も横たえてあるのだ。神殿が半壊しているための
メグレイスを見送っている所へ、ファイオスが戻ってきた。不安げな目でグレシオスを見ている。
「……大殿様」
「
ゴロドに破壊され、半壊した神殿の方を指差した。ファイオスが息を
「タデアスはあの下だ。勇敢に、戦ってくれた……」
問われる前に告げた。聞かれてから教えるなどという、残酷な
やや間があってから、ファイオスは、
「……さようでございますか」
と小さく云った。
「親父殿も最後まで、大殿様のお役に立てて満足でありましょう」
しっかりとした
「……お前の親父は勇敢だった。タデアスが居なければ
「もったいない、お言葉です」
ファイオスは頭を下げた。グレシオスは胸の中で一言「すまぬ」と
かなりの兵を動員して神殿の後片附けにあたった。その中にはファイオスだけでなく、タデアスの上の息子オスティスの姿もあった。
事情は弟から聞いているのだろう。
グレシオスと目が合うと、オスティスは黙って頭を下げてきた。
上の方にある建材を
太陽神の恵みに感謝しながら、作業を急いだ。
折り重なっている太い柱を退けると、タデアスの姿が見えた。
原形を
「親父殿っ!」
ファイオスが
するとタデアスが動いた。皆、驚いた。
「
薄く目を開いて、疲れた声を出した。
誰もが
「父上、どこか御怪我はありませんか?」
「
グレシオスは答えなかった。
ただ驚きが喜びへと変化していくのを、じっと味わっていた。
生きていると判った以上、作業は注意して行なう必要がある。
タデアスを
結局、助け出せたのは昼の手前頃だった。タデアスは足首を
「剣の河の手前で追い返されてしまいました」
治療を受けながら苦笑いしつつ、タデアスは言った。頬と耳には軽い
剣の河とは、刀槍や盾などの、武具がひしめき合って形成されているという河である。
この世とあの世との
「儂の腕では、まだ勇者の
そんなことはないと思ったが、グレシオスは何も言わなかった。
「親父殿の腕では、勇者の館は身の
ファイオスが言った。助け出してからこっち、ずっとタデアスについている。
この親子は顔を合わせるたびに、
何だか
「向こう名を持つほどの戦士でなければ駄目だろう。親父殿にはその向こう名がないではないか」
言ってから、何か面白いことを思いついたという風にファイオスは笑った。
「いや、本日めでたく向こう名ができたな。『下敷きのタデアス』というのはどうだろう?」
ファイオスが
「いかがです? 大殿様も良い名だと思いませぬか?」
真面目な顔をして聞いてくる。それが面白くて、グレシオスは吹き出してしまった。
「お前の冗談は面白くない」
タデアスは下唇を突き出し、不満げに言った。いじけた猿のような顔になった。
「いや、冗談ではありません。本気ですよ」
楽しそうにファイオスは笑っている。
グレシオスも笑っている。タデアスだけが
兵が温かい
村の周囲も含めて安全が確認されたので、非難していた村人たちが降りてきたのだ。
彼等と話をし、救助物資を渡すのはヘクトリアスの仕事である。
外に出てみると、幾人かの村人がこちらを見ていた。子供など手を振ってくるが、グレシオスは軽く手を挙げて
後は全てヘクトリアスに任せる。領主が乗り込んできた以上、全ては当然、領主の仕事だからだ。
グレシオスのすべきことはもう無いのだ。
「お前は下らぬ物言いばかり上達してきおった」
「いえいえ。口ではなくて、弓が上手くなったんですよ。ギルテに戻ったら親父殿にも見せて差し上げよう」
「見たくないわい!」
タデアスの
こうして、ナウロス村の戦いは終わった。